オンデマンド配信

  • 21. 治療の差し控え・中止における「自己への配慮」と関係的自律
      秋葉峻介(山梨大学/立命館大学)
  • 22. 本邦の医療現場における代理意思決定に関する大規模横断調査
      田中雅之(東北大学医学系大学院医療倫理学分野)
      圓増文(東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学専攻公共健康医学講座医療倫理学分野)
      大北全俊(東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学専攻公共健康医学講座医療倫理学分野)
      浅井篤(東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学専攻公共健康医学講座医療倫理学分野)
      尾藤誠司(東京医療センター臨床疫学研究室)
  • 23. 人工透析の治療中止における患者の意思の確定方法
      樋笠知恵(芝浦工業大学)

演者報告

治療の差し控え・中止における「自己への配慮」と関係的自律
秋葉峻介(山梨大学/立命館大学) 若手優秀賞受賞

COVID-19感染拡大を背景として活発化した議論のうち、医療資源の配分やトリアージをめぐる議論の問題点を取り上げて批判的に検討した。問題点とはすなわち、<緊急時におけるトリアージに関する問題>と<患者による自己犠牲的な意思決定の射程の問題>が混在しており、論点と批判とが相互に合致していないことである。この問題を出発点として、<緊急時におけるトリアージに関する問題>に取り込まれて複雑化した<患者による自己犠牲的な意思決定の射程の問題>の理論構造を検討することを目的とした。

分析の結果として、<緊急時におけるトリアージに関する問題>に取り込まれて複雑化した<患者による自己犠牲的な意思決定の射程の問題>には、患者の他者のためになるような意思決定によって医療資源配分の倫理的妥当性を担保すること、また、「さらに外側」への配慮でもって患者自身が「最善」を自己実現することが組み込まれた理論構造になっていることを明らかにした。そのうえで、他者のためになるような意思決定の構図が「自己への配慮」に合致するとしても、「関係的自律」の観点を取り入れて再検討することで、たんに自己犠牲的な仕方ではなく自己実現につなげられる可能性が示されると結論付けた。

質疑応答では、「関係的自律」をめぐって議論が循環しているとのコメント、また、「関係的自律」を「voluntariness」に代替してはどうかとのコメントをいただいた。これに対しては、「voluntariness」についてはたしかに今回の議論に親和的であり、この観点からアプローチしてみるというのは重要・必要な作業だと応答した。ただし、「voluntariness」がリバタリアニズムの議論において登場する・援用されることが多いこともあり、前提とされるのが「強い個人(の自律)」なのではないかという点に留意すべきでもあり、慎重に検討する必要があるとの立場を示した。

 

本報告に対して若手優秀賞を授与いただきました。
栄誉ある賞にお選びいただきましたこと、嬉しくまた光栄に存じます。大会長の松田純先生をはじめ審査をご担当された理事、評議員、監事の先生方、視聴してくださった皆様方に心より感謝とお礼を申し上げます。また、ご指導いただきました立命館大学大学院先端総合学術研究科生命領域の先生方、院生の皆様にも、この場をお借りして御礼申し上げます。

本邦の医療現場における代理意思決定に関する大規模横断調査
田中雅之・圓増文・大北全俊・浅井篤(東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学専攻公共健康医学講座医療倫理学分野)・尾藤誠司(東京医療センター臨床疫学研究室)

<背景>  高齢者が増加している本邦の医療現場では、今後代理意思決定者も増加することが予想されている。国内外で様々な代理意思決定に関する課題が報告されてきた。また、本邦の代理意思決定の実態に関する大規模調査は過去に報告がない。 <目的>  本邦における代理意思決定の実態、特に患者や代理意思決定者の属性、代理意思決定のプロセス、判断根拠を明らかにすることである。

<方法>  私達は、本邦における代理意思決定者に対して、オンライン上での質問紙を用いた横断調査を行なった。 得られたデータに対する全ての統計学的な解析は、STATA ver15.0 を用いて行われた。本研究は東北大学医学系研究科倫理委員会によって(受付番号:2019-1-186)承認された上で研究を開始した。

<結果>  1000人の代理意思決定者が質問票に回答した。代理意思決定者は70.5%が男性であり、48.3%が患者の長男だった。代理意思決定の面談では、医師から治療選択に伴う利益や懸念などの情報提供があり、それに対する代理意思決定者の理解は良好であると高率に回答されていた。また、多くの代理意思決定は単一(n=13)ではなく、複数(n=987)の判断根拠をもとになされていた。中でも、代理意思決定者の選好や患者の最善に関連する項目は、患者の推定意思に関連する項目に比して、より高頻度で判断根拠として挙げられていた。

代理意思決定のための面談が1回しか行われていないと回答した人の割合は26.1%であった。多変量解析において、1回の面談では複数回の面談時と比して、代理意思決定者以外の家族や多職種の関与が有意に少なかった。

<結論>  本邦における生命維持治療に関する代理意思決定の実態を明らかにした。特徴として①代理意思決定者と患者の関係性②決定プロセス③判断根拠を挙げ、日本における代理意思決定の課題を指摘した。

人工透析の治療中止における患者の意思の確定方法
樋笠知恵(芝浦工業大学)

日本透析医学会の調査によれば、現在のわが国における慢性透析療法の患者は、2018年12月31日現在、339,841人にものぼっている。また、7191名の透析患者をアンケート対象とした全国腎臓病協議会による調査では、「将来、重度の認知症で判断能力を失った場合、透析をどうしてほしいですか。」という質問に対して、治療を「中止したい」と答えた患者は27%にも及んでいる。わが国では、透析患者の高齢化に伴い、患者が判断能力を失い意思表示が困難となった状況に備えるため、積極的にリビングウィルの活用に取り組むべき段階に来ている。

しかしながら、日本透析医学会によれば透析患者は終末期に含まれず、必ずしも「死」に直面しているわけではない。このような透析治療の特徴に加え、一般的に患者にはリビングウィルに関する知識が不足していることも要因となり、わが国においてリビングウィルの作成は進んでいない。  もっとも、リビングウィルを根拠に治療中止が行われた場合には、法的問題として、リビングウィルの内容の解釈の問題が生じる。ここでは、リビングウィルは患者の意思を推測する一つの考慮要素にすぎないことに留意した上で、リビングウィルの全文脈を顧慮して解釈を行うべきということになろう(BGH,Beschluss vom 8.2.2017-XII ZB 604/15,BGHZ 214,62.)。

わが国においては、現在、複数の機関からリビングウィルのテンプレートが提供されているが、例えば、患者が医師と同様の意味で「不治の病」という言葉を理解しているとは必ずしも言い切れない、あるいは、「ただ単に死期を引き延ばす」との文言は、場合によっては、痛みを緩和しながら延命をすることは排除してないと解釈することも不可能ではないことから、より具体的で正確な記載をすること、あるいは、リビングウィルの作成状況の記録等を補助的に活用することによって、「患者の最善の利益」を探求し患者の自己決定権を尊重するという究極の目的を達成することが求められる。

この点に関しては、リビングウィルは医療者側にとってあると助かるものだから存在するのであって、患者の自己決定権を根拠とするのは欺瞞的であるとのご意見をいただいた。生命を終了させる重大な決断の根拠は患者本人の自己決定権以外には考えられない旨回答させていただいた。

本報告は科研費(20H00699)の助成を受けたものである。