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  • 20. 地域共生を発展させる医療的ケア児者の参加と課題―小児から成人への「移行期」を中心とした検討に基づいて―
      山本智子(国立音楽大学音楽学部)

演者報告

地域共生を発展させる医療的ケア児者の参加と課題―小児から成人への「移行期」を中心とした検討に基づいて
山本智子(国立音楽大学音楽学部)

本報告では、知的障がいを伴わない医療的ケア児者の移行期を中心に、地域での生活の問題解決過程に就労をとおして直接的にかかわる参加の現状および課題に関して検討した。

第一の参加の現状として、医療的ケア児者によるユニバーサルなまちづくりの事例を挙げた。特に、近年活動が推進されつつあった事例として、医療的ケア者によるまちの魅力の発信活動を紹介した。魅力が発信されたまちには、医療的ケア児者、市の職員、そして、20歳の若者の興味・関心を反映した、地元の寺社等の名所や観光地の他、路上のミラーの設置場所等の安全・安心にかかわる設備、さらに、音色や肌触り等をとおして健常者にもやさしさが感じられる日常のまちの風景が含まれていた。これらの発見は、絵や写真が添えられた地図が紹介されたリーフレットとしてまとめられ、住民や旅行者に無料で配布されていた。リーフレットには、医療的ケア者の発案に基づいて、訪問後に地図にチェックを入れたり、利用者が発見したお勧めのポイントを書き留めたりできる工夫が取り入れられていた。また、リーフレットには、車椅子で食事ができる場所の紹介など、医療的ケア児時代から地域で生活してきたが故に得られた経験が活用されていた。このような参加が実現された背景には、地域の施策において、いつまでも安全に暮らせるまちづくりが推進されていたことが挙げられる。特に、重視されていたのが、障がい児者等と家族が生涯にわたって安心して生活することができる体制の整備であり、このことをとおして住民全体の安全・安心を守ることが地方自治体の本務と位置づけられている点にあった。この施策を実現するために、施策や手続きに詳しい別の市の職員、言葉による表現の不明瞭さを支援する母親、介護や医療にかかわる複数のケア者を含む、医療的ケア者の参加を支援するチームが配置されていた。

第二の参加の現状には、医療的ケア児者によるユニバーサルな商品・サービス開発の事例を挙げた。実践で活用されていたのは、小中学校および家族に支援されて習得したデジタル・メディアにかかわる知識や技能であった。床上で操作できるように工夫された携帯電話やPC等により、地域で生活するために若者や医療的ケア児者にとって必要な課題や情報が日常的に発信され、小中学校在学時代の健常の仲間を含む、国内外との交流が続けられていた。動画編集にかかわる在宅勤務の傍ら、地域のラジオ番組に出演したり、大学の研究に協力したり、会合に出席したり、趣味として動画を制作し発信したりすることが楽しまれていた。これらの活動とあわせて実施されていたのが、地域で生活する医療的ケア児として、また、若者として必要とする、商品やサービスにかかわる要望の提供活動であった。具体的な提案として、スライド移動できない、声が小さいと反応しないといった動画の編集・配信にかかわるICT操作の改善、5歳以下の幼児や知的障がい児を対象とする意思伝達装置の開発とデイサービス等における教育の機会の確保、手の微細運動が容易でない医療的ケア児が楽しむことができるコントローラーの提供等にかかわる家庭用ゲーム機器の改良および情報の共有支援、手や指に弦をつまびく力がなくても弾くことができる(ベース・)ギターの販売等が挙げられた。これらの要望の一部については、デジタル・メディアをとおして商品やサービスの提供者に発信されていた。

以上の参加の現状に基づいて、本報告では、課題として、就労の過程で発見された問題が医療的ケア児者の余暇にかかわる活動に及んでいることを挙げた。障がい児者の支援では必ずしも十分といえない余暇活動にかかわる問題の解決が問われるのは、本人たちの直接的な参加が実現された影響によるところがあるためである。医療的ケア児者が注目していたように、余暇活動にかかわる問題を発信することもまた、自分たちの力や可能性を拡大するだけでなく、別の医療的ケア児者等の新たな顧客獲得につながりうる商品やサービスの発展にかかわる社会的活動であり、地域での移行期の生活全般にかかわる改善を医療的ケア児者とともに進める過程としても評価される。地域で生活する移行期を中心とする医療的ケア児者の支援では、本人と家族、さらに、社会を発展させるために、医療的ケア児者に発見された問題の解決過程への直接的な参加支援が果たす役割についても重視する必要がある。

さらに、移行期を中心とする医療的ケア児者の参加支援にあたって懸念される課題として、教育の機会が必ずしも確保されない事態が生じていることを挙げた。本報告における限られた報告においても、進学を希望しながら、通学可能範囲に進学希望校がなく、高等学校等への進学を断念した例がみられた。就労をとおして得られる教育の機会がないわけではないが、人格の完成全般にかかわる学校教育が果たす役割は小さくないことから、どの地域においても医療的ケア児者にとってのニーズに応じた教育が確保される制度および実践の発展が求められる。