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- 04. ヒト胚ゲノム編集の課題検討を契機とした研究審査体制の見直しに関する議論の分析
相京辰樹(大阪大学大学院医学系研究科医の倫理と公共政策学)
加藤和人(大阪大学大学院医学系研究科医の倫理と公共政策学) - 05. 医学分野のオープンサイエンスのためのインフォームド・コンセントについての試論
有澤和代(東京大学医科学研究所)
神里彩子(東京大学医科学研究所) - 06. 幹細胞研究・再生医療領域における Predatory Journal の実態:書誌データベースを用いた定量的分析
井出和希(京都大学iPS 細胞研究所上廣倫理研究部門)
八田太一(京都大学iPS 細胞研究所上廣倫理研究部門)
藤田みさお(京都大学iPS 細胞研究所上廣倫理研究部門) - 07. 研究倫理審査と感染症流行の「緊急事態」:海外の主な検討を題材に
井上悠輔(東京大学)
小門穂(神戸薬科大学) - 08. 認知症の人を対象とした看護・介護・リハビリテーション領域の研究における倫理的配慮に関する現状と課題
佐伯恭子(千葉県立保健医療大学)
諏訪さゆり(千葉大学大学院看護学研究科) - 09. 「治療との誤解」再考
高井寛(国立がん研究センター) - 10. 臨床医の医学研究活動を阻害する要因の解明
武井陽子(宮崎大学医学部附属病院臨床研究支援センター)
岩江荘介 (宮崎大学医学部附属病院臨床研究支援センター)
門脇ゆう子(久留米大学大学院医学研究科博士課程 社会医学系バイオ統計学専攻) - 11. 倫理的意思決定テストで誤解答の多かった医学研究者の属性とは?
吉井健悟(京都府立医科大学 医学研究科 生命基礎数理学)
峯村優一(京都府立医科大学 医学研究科 医学生命倫理学)
景山千愛(京都府立医科大学 医学研究科 医学生命倫理学)
瀬戸山晃一(京都府立医科大学 医学研究科 医学生命倫理学) - 12. 製造販売後調査における高齢者のインフォームド・コンセントについて
脇之薗真理(国立長寿医療研究センター、藤田医科大学)
平島学(国立長寿医療研究センター)
演者報告
ヒト胚ゲノム編集の課題検討を契機とした研究審査体制の見直しに関する議論の分析
相京辰樹・加藤和人(大阪大学大学院医学系研究科医の倫理と公共政策学)
日本の生命倫理専門調査会では、平成28年から令和2年にかけて、ヒト胚へのゲノム編集技術を用いる研究とその倫理審査のシステムに関する議論が行われた。本研究では、この議論の経過と論点を分析することで、日本における研究倫理審査体制の課題を明らかにすること、さらに倫理審査の役割に関する一般的知見を得ることを目的として、主に議事録の分析を行った。分析の結果、関連学会の関与する合同倫理審査委員会の設置、日本に現在存在する(施設単位の倫理審査委員会を基礎とする)複数の倫理審査体制の再検討、政府から独立した機関であるHFEA(ヒト受精及び胚研究認可庁)がヒト胚の研究審査等を専門的に行っている英国の制度に倣った一元的かつ包括的な審査体制の構築など、多様な研究倫理審査体制の可能性が検討されていたことが明らかになった。さらに、国が生命倫理の審査を行う権限の法的根拠に関する議論もあった。これまでにない新たな展開が生じた背景には「ヒト胚へのゲノム編集技術を用いる研究」という主題の特徴が影響しているものと考えられる。これらの議論は、日本の研究倫理審査体制の基礎付けに見直しを迫るものであった。
医学分野のオープンサイエンスのためのインフォームド・コンセントについての試論
有澤和代・神里彩子(東京大学医科学研究所)
研究成果を研究者に留まらず、広く市民にも公開して、その共有、相互利用を促すオープンサイエンスは、オープンアクセス(論文の公開)とオープンデータ(研究データの公開)を含む概念であり、国際的な潮流に乗って日本でも推進されているが、オープンアクセスに比べてオープンデータは進んでいない。その原因には、研究者の研究データ公開に対する懸念や研究データに係る権利関係の複雑さがあると思われるが、法的整理が進んでいる試料とは異なり、試料から生じる研究データに係る法理論的な構成は定かではなく、課題解決に至っていない。そこで、試料提供者から研究データの公開や二次利用を意識した十分なインフォームド・コンセントを取得するために、先行する試料の整理を出発点に、試料提供者は、自らの提供した試料(e.g.細胞等)から生じる研究データ(e.g.遺伝情報等)に何らかの権利を有するのかについて考察し、試料採取時のインフォームド・コンセントに組み込む際の検討の視点を示した。
幹細胞研究・再生医療領域における Predatory Journal の実態:書誌データベースを用いた定量的分析
井出和希・八田太一・藤田みさお(京都大学iPS 細胞研究所上廣倫理研究部門)
一般演題06では、Predatory Journalと称される、掲載料による収益を主たる目的とし、専門家による適切な審査が行われない等の問題を孕んだ学術誌について、書誌データベースを用いた分析の結果を提示した。対象は、先端的な生命科学研究領域である幹細胞研究・再生医療領域に絞り、書誌データベースとしては、Cabell’s International(TX, USA)の提供するPredatory Reportを用いた。調査対象期間である2020年2月から6月において、合計46誌(stem cell 34誌, regenerative 12誌)が抽出され、重複等を除く43誌が分析対象となった。問題点に関する大項目のうち、Publication Practices(n = 38)、Website(n = 37)、Access & Copyright(n = 36)の順で該当する学術誌が多いことが明らかとなった。方法に記載した区分に紐づく下位項目を整理したところ、「No policies for digital preservation」、「No articles are published or the archives are missing issues and/or articles」、「The journal’s website does not have a clearly stated peer review policy」の順で該当する学術誌の数が多かった。Predatory Journalの存在や査読をはじめとした出版プロセスに関する問題点の共有を通して、エビデンスとして参照する際の注意喚起や著者としての不本意な論文掲載の回避につながることが期待される。
研究倫理審査と感染症流行の「緊急事態」:海外の主な検討を題材に
井上悠輔(東京大学)・小門穂(神戸薬科大学)
本報告は、公衆衛生の緊急事態、特に予防・治療についての基本的な知識がない新規な感染症に対する研究実施上の倫理問題、特に緊急事態における「倫理審査」のあり方を検討した。英国やスウェーデン、フランス等の「緊急事態」と研究に関わる規定を確認し、続いて、緊急事態研究における感染症研究の位置づけを、新型コロナ感染症への対応を事例に分析した上で、課題を踏まえ、日本の制度のあり方も検討した。
諸外国の議論では、新興の感染症に直面すると、予防・治療法の迅速な開発が社会的に強く要請され研究開発への期待も高まるため、平時以上に被験者保護に留意すべきことが確認されており、「倫理審査」の位置づけは重要な論点の一つであった。平時からの大きな逸脱は容認されず、「審査能力の維持」「被験者保護」および「研究開発の加速」のバランスに苦心する状況がある。今回の検討から、日本の規定では、機関がそれぞれの判断で柔軟に研究開始を検討することができる半面、今回調査対象とした国々で議論されている研究資源の効率性・重複の問題や被験者保護への懸念が指摘できる。日本でも「公衆衛生の緊急事態」での倫理審査に関する議論を行う必要がある。
認知症の人を対象とした看護・介護・リハビリテーション領域の研究における倫理的配慮に関する現状と課題
佐伯恭子(千葉県立保健医療大学)・諏訪さゆり(千葉大学大学院看護学研究科)
本発表は、「認知症の人を対象とした看護・介護・リハビリテーション領域の研究における倫理的配慮に関する現状と課題」と題し、研究者6名、研究協力者4名、研究倫理審査委員9名、認知症の人を介護する家族2名へのインタビュー調査を実施した結果を報告した。ベルモント・レポートを参考に研究倫理の三原則の枠組みで分析した結果、人格の尊重と対応するインフォームド・コンセントに関する現状では、所属機関の倫理規程にあること、実際の対象者での代諾の必要性の有無は審査の段階では判断できないことなど<認知症の人が対象者の場合は代諾が必要という認識>があること、家族から代諾を得る場合、家族としての了解を得るのか、代諾者として同意を得るのか意識していない可能性があることなど<家族による代諾に関する認識のあいまいさ>などが明らかになった。善行と対応するリスク・ベネフィットでは、起こり得るリスクの記述が不十分な計画書の存在など「研究者によるリスクの想定が不十分」である現状が明らかになった。以上の結果を元に、認知症の人を対象とした研究が倫理的に問題なく行われるためには、各研究者が自身の研究における対象者や実施する介入にふさわしい倫理的配慮を具体的かつ十分検討する必要があることを示した。
「治療との誤解」再考
高井寛(国立がん研究センター)
本発表では、研究倫理における重要概念の一つである「治療との誤解(therapeutic misconception:以下TM)」について、論争史を参照しつつ検討した。TM概念が創出された1982年のAppelbaumの論文では、被験者がTMを抱いてしまうことの背景として、治療という文脈において形成された医師との信頼関係の存在が言及されており、Appelbaum自身もTMの定義にそのような構造的背景を含めていた。しかし2007年に策定された研究者コミュニティによる定義では、そうした背景がTMの定義から削除され、研究一般と治療一般の目的を理解していないことだけがTMの定義に求められた。この定義は現在でも大きな影響力を持っているが、Wendlerが指摘するように、被験者が理解すべきは「この研究」が「自分にとって」どのようなものであるか、であり、研究とは一般に何を目的としているか、を理解していないことをもって被験者の理解に錯誤があるかのような診断を下すことには研究倫理上の眼目はない。
以上のような研究史・論争史の参照を経て、本発表では、TM概念で研究倫理専門家たちが問題視したかった事象は、本来はICに関わる「被験者の誤解」ではなく、研究に参加する際の被験者の個々別々の動機、およびそのような動機をもって研究を参加する被験者からの信頼の搾取に関わっている、との提案を行った。治療を受けるべく医師のもとを訪れた被験者が、その「治療者」としての医師に寄せた信頼のもと、治療を動機として研究に参加しているとき、その医師=研究者はその被験者からの信頼を搾取している。このような搾取こそが倫理的に問題されるべき事態であり、研究倫理専門家たちが問題性を見て取ったのは、本来はこの搾取という事態だったのではないだろうか。
この提案は、TMの定義的事象を信念ではなく動機の水準に求め、またTMの問題性をICではなく搾取に求めるという点で、二重に既存の研究からの方針転換を目指すものである。とはいえ研究における倫理的問題としての「搾取」には概念的精緻化が必要であり、それが本発表に残された今後の課題となる。
臨床医の医学研究活動を阻害する要因の解明
武井陽子・岩江荘介 (宮崎大学医学部附属病院臨床研究支援センター)・門脇ゆう子(久留米大学大学院医学研究科博士課程 社会医学系バイオ統計学専攻)
根拠に基づく医療には、臨床研究の成果が前提となるが、近年日本の研究活動の低下を指摘する意見が多い。本研究では臨床医の臨床研究活動の阻害要因に注目し、本院におけるそれら阻害要因の中身の探索を試みた。
2019年6月29日~7月19日に、宮崎大学医学部附属病院の臨床医423名を対象にアンケート調査を実施し、5段階評価(とてもそう感じる・ややそう感じる・どちらとも言えない・あまりそう感じない・全くそう感じない)の回答割合を算出した。なお回答者56名(回答率13%)であった。 臨床医をとりまく研究環境の問題点である「研究環境に関する設問」の中で「とても・ややそう感じる」の回答割合が91%と最も高かったのは、「診療業務で求められるペーパーワークを減らしてほしい」であった研究者自身の負担感である「研究活動に関する設問」の中で「とても・ややそう感じる」の回答割合が87.5%と設問中最多であったのは、「倫理申請に必要な書類の作成が負担に感じる」であった。
本アンケートの結果をふまえ回答の傾向について考察を行った結果、医師を取り巻く環境の要因や周囲の理解不足という要因の存在が示唆された。本研究の結果は、臨床医の臨床研究活動のより効果的な施策において議論の検討材料となることが期待される
倫理的意思決定テストで誤解答の多かった医学研究者の属性とは?
吉井健悟・峯村優一・景山千愛・瀬戸山晃一(京都府立医科大学医学研究科医学生命倫理学)
本報告は、医学研究者の倫理的意思決定テストにおける誤解答の特徴に関するものである。調査はオンラインで実施し、倫理的意思決定スキル尺度は、中田等の開発した尺度(Nakada A et al., Toho J Med, 4(1):25-34, 2018.)の一部を了解のもとで使用し、研究倫理教育の受講歴などの被験者属性の項目との関連を分析した。384名の医学系研究者を対象とし、項目反応理論により倫理的意思決定スキル尺度の評価項目の項目識別力と困難度を測定した。その後、困難度の高い問題の得点に関連する被験者属性を多重ロジスティック回帰分析により検討した。困難度の高い問題の特徴は、「シナリオ内の被験者が患者である場合、被験者保護とデータの信頼性の両方の視点から、倫理的な意思決定が必要とされる場面での対応」、また「ピア・レビューの役割等における研究経験が必要とされる場面での対応」に関する内容を含むものであった。また、誤解答者の特徴は、研究歴が浅く、研究倫理教育を受ける機会の少いことが示された。
本調査は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の平成31年度研究公正高度化モデル開発支援事業「学際的アプローチによる研究倫理教育のモデル評価プログラムの開発と検証」(研究開発代表者:瀬戸山晃一)の支援を受けた。
製造販売後調査における高齢者のインフォームド・コンセントについて
脇之薗真理(国立長寿医療研究センター、藤田医科大学)・平島学(国立長寿医療研究センター)
新医薬品の安全性確保のため、製造販売後調査(PMS)が実施されている。治験では適格基準により除外される場合も多い高齢者への投与の安全性を確保する上でもPMSは重要な意味を持っている。一方、本来の目的である再審査申請以外に学術論文等に情報が使用されるなど、臨床研究であればインフォームド・コンセント(IC)が必須である内容であっても、PMSではICを経ずに調査が実施可能となっている現状があり、十分な倫理的配慮がなされていない懸念がある。そこで企業と医療機関を対象にPMSにおける高齢者のIC取得に関するアンケート調査を行った。
その結果、企業・医療機関の半数前後で高齢者に対して同意が依頼/取得されており、やや医療機関で割合が高い傾向があった。また高齢者の説明への理解や説明の時間・マンパワーについて約半数の医療機関が懸念を抱いている一方、企業についてはその割合は低い傾向があった。企業と医療機関では高齢者の同意取得に対する認識に差があり、医療機関は高齢者に対するICに懸念を抱きながらも自主的に同意を取得している可能性が示唆される。企業と医療機関双方の共通認識の下で、高齢者の理解力の特性に配慮したPMSのICのあり方を検討する必要がある。