2020年12月5日(土) 13:40~15:10
ミーティングルームA(ZOOMライブ配信)

オーガナイザー
小出泰士(芝浦工業大学)

  • フランス生命倫理の基本理念について
      小出泰士(芝浦工業大学)
  • フランス生命倫理法改正と生命倫理三部会の試み
      香川知晶(山梨大学)
  • 生命倫理法改正にみる規範形成過程における市民の役割
      小林真紀(愛知大学)

オーガナイザー報告

本シンポジウムは、「価値観と文化の多様性にむきあう生命倫理学」という大会テーマを受けて、アメリカの文化や価値観に基づくバイオエシックスとは微妙に異なる、ヨーロッパの生命倫理、とりわけ現在生命倫理法改正中のフランスの考え方を取り上げる。ヨーロッパでは今日、生命倫理政策の策定過程に一般市民を積極的に関与させようとする試みがなされている。その意義について考えてみたい。

小出泰士「フランス生命倫理の基本理念について」
フランスでは、1994年にいわゆる生命倫理三法が成立し、生物医学分野を包括的に規制する体制ができた。実際には、民法典に定める基本原則に基づいて、個々の分野のルールが規定される。生殖補助医療に関しては、病理学的な不妊症の治療という目的を公衆衛生法典に規定し、女性カップルや独身女性への生殖補助医療の実施を罰則付きで禁止してきた。それは、社会秩序の中で「子どもの福祉」を「子どもを持つ権利」より優先した結果である。だが、今回の法改正においては、女性カップルや独身女性にも生殖補助医療の実施を認めようとしている。背景には、LGBTの人たちの人権尊重、平等の原則、生命倫理三部会の存在などがあると思われるが、フランスでも医療技術が治療目的以外で使われようとしている。

香川知晶「フランス生命倫理法改正と生命倫理三部会の試み」
フランスは2011年の生命倫理法改正時に、次の改正を7年後までに行い、改正には「生命倫理三部会」による討論を先行させることを決定した。決定の背景には生命倫理の問題は専門家のみならず、社会全体にかかわるものであり、問題への対応には社会的総意の裏付けがなければならないという、近年EUに広く見られる認識がある。実際、7年後の2018年に入ると生命倫理法改正を目指して、「生命倫理三部会」が「われわれはどのような将来社会を望むのか」という壮大な統一テーマのもとに設置され、短期間に多様な活動を展開した。この「保健医療民主主義」の活動は十分な成果を上げたといえないところはあるものの、その志向には学ぶべき点も多いと思われる。

小林真紀「生命倫理法改正にみる規範形成過程における市民の役割」
フランス型の保健医療民主主義とは、「対話と協議の精神をもって、保健医療政策の策定と実施のために保健医療の当事者の全体を関与させること」である。その特徴は、保健医療制度の利用者が意思決定過程に参加できることのみならず、そのための前提として、個人が決定をくだす権利を保障することの重要性が強調されている点にある。この概念を生命倫理法改正の過程に組み込む意義としては、少数者の声をすくい上げ意思決定過程に多様な価値観を反映させること、意見発信を前提とした情報へのアクセス権など患者の権利が保障されること、さらに、市民一人ひとりが生命倫理の問題について意見交換の時間をもてることなどが挙げられる。

質疑応答とまとめ
質疑応答では、保健医療民主主義に関する質問が多かった。法改正に当たり、医療制度の利用者である一般市民の意見を吸い上げようと努めている点が、今後日本の生命倫理政策を考える上でも参考になるだろう。とはいえ、これまでフランスは、アメリカにおける女性カップルや独身女性への生殖補助医療などを、自律尊重の行き過ぎとして批判してきたが、今回の法改正に当たってはそれを容認しようとしている。元来、医療技術の使用を原則に基づいて律することこそフランス生命倫理の特徴ではなかったか。保健医療民主主義の考えにより、倫理と市民の要望との関係が見直しを余儀なくされているのかもしれない。

小出泰士(芝浦工業大学)