オンデマンド配信

  • G01. 「持続可能な国民皆保険」のための一考察
      森 禎徳(群馬大学大学院医学系研究科)
  • G02. 医療資源の共有と配分のあり方に関する検討 -平常時と非常時の医療の相違に着目して-
      中島 範宏(東京女子医科大学医学部衛生学公衆衛生学講座)
  • G03. 難治性希少疾患の治療研究・開発におけるELSI ―SMA 治療薬ゾルゲンスマを事例に考える―
      高島 響子(国立国際医療研究センター)
      荒川 玲子(国立国際医療研究センター)
      山本 圭一郎(国立国際医療研究センター)
  • G04. ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンに関する公正な情報共有に向けて
      廣瀬 一隆(京都府立医科大学医学生命倫理学(人文・社会科学教室))
      瀬戸山 晃一(京都府立医科大学医学生命倫理学(人文・社会科学教室))
  • G05. COVID-19 ワクチンパスポートの倫理的検討
      鈴木 英仁(京都大学大学院文学研究科)

演者報告

「持続可能な国民皆保険」のための一考察
森 禎徳(群馬大学大学院医学系研究科)

2019年の国民医療費は概算で43.6兆円となり、過去最高の数値を更新した。中でも75歳未満の一人当たり医療費が平均22.6万円であるのに対し、75歳以上の後期高齢者は平均95.2万円と4倍以上の差があることに注目すべきである。団塊の世代が後期高齢者となる2022年以降、医療費の世代間格差はますます拡大すると予想される。

一方、現役世代を加入者とする被用者保険からは国保や後期高齢者保険へ多額の拠出金が支払われており、その負担は年々増え続けて被用者保険の財政を圧迫している。国保や高齢者保険を支える被用者保険の財政の悪化は国民皆保険制度の崩壊につながるのだが、それはもはや杞憂ではなくなりつつある。

この危機的状況を打開し、きわめて高い平等性と開かれたアクセスを実現した国民皆保険制度を崩壊から救うために、本発表ではすべての健康保険を一元化し、政府が保険者となる「真の国民皆保険」の導入を提案する。同時に医療費負担をめぐる世代間格差の原因となる年齢別の保険料率算定方式を撤廃し、原則として被保険者の個人収入のみを基準とする新たな負担の分配方法を採用することで、あらゆる被保険者にとって「公正」な制度の再構築を目指す。

難治性希少疾患の治療研究・開発におけるELSI ―SMA 治療薬ゾルゲンスマを事例に考える―
高島 響子・荒川 玲子(国立国際医療研究センター)・山本 圭一郎(国立国際医療研究センター)

近年、画期的な難治性希少疾患(RD)の治療薬(オーファンドラッグ、OD)が開発される一方で、高額な薬価が公的医療保険制度に及ぼす影響や治療へのアクセス機会の保障といった倫理的な懸念がある。本発表は、国内最高額の薬価で承認された脊髄性筋萎縮症の治療薬、ゾルゲンスマを一例に、RDの治療研究・開発をめぐる倫理的課題について検討した。RDの患者が少ないため、開発コストに見合った収益を得ることが難しいODは後回しにされてきた。そこで、米国のOrphan Drug Act(1983)を皮切りに世界各国でOD開発の優遇制度が設けられてきた。従来のオーファンドラッグ開発に対する倫理的議論は、このような優遇制度に対する支持(e.g. 平等主義、見捨てないという道徳的義務)と不支持(e.g. 功利主義、費用対効果に基づく医療資源分配)の理論検討や、優遇によってODが不適切に”儲かる”領域になっているといった現行制度上の問題指摘があった。これらはRDと非RD=Common disease(CD)の対比を軸としていた。ゾルゲンスマを例に検討した結果、研究開発が進む現在、RDの中でも特性の異なるRD間や、同一RD内で特製の異なる患者間で格差が生じるようになり、検討すべき課題があることが示唆された。

ワクチンパスポートの倫理的検討
鈴木 英仁(京都大学大学院文学研究科)

本発表「COVID-19ワクチンパスポートの倫理的検討」では、新型コロナウイルス感染症対策として世界中で導入が始まっている「ワクチンパスポート」について、その定義と実際の運用を確認したうえで、倫理的論点を整理し考察した。

はじめに、ワクチンパスポートを、(1)ワクチン接種歴等の健康情報に基づき、(2)保有者本人および接触者の感染症リスクを記録・伝達し、(3)特定の行動を許可する証明書ならびにそれにまつわる制度と定義した。続いて、フランスのワクチンパスポートである「衛生パスPass sanitare」を具体例として取り挙げた。確認された主な点は、飲食店や娯楽施設、商業施設や図書館など生活のほとんどの場でパスポートの提示が義務化されていることや、ワクチン接種者だけでなく直近の検査での陰性証明の提出者などもパスポートの対象となること、不提示には罰金が科されることなどである。

以上を踏まえ、ワクチンパスポートに賛成する論拠と反対する論拠をそれぞれ検討した。最大の賛成論拠は、ワクチンパスポートが安全な社会活動・経済活動の再開を可能にするというものである。パンテミックの初期にとられた都市封鎖(ロックダウン)等の感染症対策は、人々の自由を大きく制限するものであった。これらの施策と比べて、ワクチンパスポートは、死亡者数・重傷者数を減らして医療への負担を低減しつつ、個人の自由を尊重する優れた感染症対策であると論じた。

他方、ワクチンパスポートには反対意見も多く挙げられてきた。本発表では、その中でも代表的な見解として、(1)ワクチン供給が不平等であるにもかかわらず接種者を優遇するのは差別的だという反論と(2)ワクチンパスポートは事実上のワクチン接種の強制であり、自己決定権の侵害であるという反論を取り挙げた。いずれももっともな反論ではあるが、これらの問題は、陰性証明でパスポートを得られるようにするなどの制度設計上の工夫によって一定程度回避可能であり、ワクチンパスポート自体を取りやめる論拠としては十分でないと論じた。

以上の考察から、ワクチンパスポート賛成の立場に立った上で、反対論に真摯に向き合いつつ、エビデンス・ベースドかつ倫理的な制度設計・運用の必要性を主張して結論とした。