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  • D01. ヒト胎児組織を用いる研究をめぐる近年のアメリカの動向
      由井 秀樹(山梨大学)
      山縣 然太朗(山梨大学)
  • D02. 出生前遺伝学的検査のガバナンスにおける用語「マススクリーニング」の言説分析
      佐藤 桃子1,3
      神里 彩子2
      武藤 香織3
    (1 東京大学大学院学際情報学府 2 東京大学医科学研究所生命倫理研究分野 3 東京大学医科学研究所公共政策研究分野)
  • D03.台湾の育児書における高齢妊娠と出生前診断
      笹谷 絵里(花園大学)
  • D04. ドイツで非配偶者間人工授精で生まれた成人が経験する「知ること」・「知らないこと」をめぐる家族内力動
      トビアス・バウアー(熊本大学大学院人文社会科学研究部)
      アンネ・マイヤー=クレドナー(ブラウンシュヴァイク工科大学生命科学部)
  • D05. 現実において「人工妊娠中絶は許容可能か」を問うために ―人工妊娠中絶をめぐる倫理的論点―
      鹿野 祐介(大阪大学社会技術共創研究センター)
  • D06. 天命を持つ中絶あるいは出産の考察 ――人生100 年時代の社会構想における方向性の転換
      貞岡 美伸(立命館大学 生存学研究所 / 京都光華女子大学)

演者報告

ヒト胎児組織を用いる研究をめぐる近年のアメリカの動向
由井 秀樹・山縣 然太朗(山梨大学)

本報告の目的は、プロライフ派を支持基盤に持つトランプ政権による中絶胎児組織を用いた医学研究についての方針とそれを受けたNIHの対応、及びその反響を紹介することである。トランプ政権は女性の意思に基づく中絶により得られた胎児組織を用いる研究に対して、大幅な制限を課し、プロライフ派はこの方針を支持した。しかし、ここにCOVID19の世界的パンデミックが重なり、トランプ政権の方針に反対する人々は、ほとんどの場合、ヒト胎児組織がCOVID19の治療あるいはワクチンの研究に資することに触れた。そしてプロライフ派のなかには、COVID19のパンデミックの出口がなかなか見えないことを受け、開発に際し、トランプ政権による制限の対象外であった中絶胎児由来の細胞株が使用されたワクチンの接種を、消極的にではあれ容認する組織も出現した。ここから示唆されるのは、COVID19のパンデミックのような極限状態にあっては、被験者保護の視点を一層重視する必要があることである。

ご視聴いただいた方から、政権交代とともにNIHの方針が変わった点について、どのような手続きがなされたのか、という質問があった。それを受けて、新たな行政通知が発出されたことによって方針転換がなされた、と情報共有した。

出生前遺伝学的検査のガバナンスにおける用語「マススクリーニング」の言説分析
佐藤 桃子1,3・神里 彩子2・武藤 香織3
(1 東京大学大学院学際情報学府 2 東京大学医科学研究所生命倫理研究分野 3 東京大学医科学研究所公共政策研究分野)

出生前遺伝学的検査は「マススクリーニングとして行わない」ことをガバナンスの基本としてきた。しかし、この「マススクリーニング」が具体的にどのような実施を指すのかは明確に定義されていない。本研究では、これまでのガバナンスにおいて「マススクリーニング」がどのような実施を指してきたのかを明らかにすることを目指した。方法としては、母体血清マーカー検査・NIPTのガイドラインおよび2021年の「NIPT等の出生前検査に関する専門委員会」(以下「専門委員会」)報告書、その策定に至る議事録、および各団体の意見書において、「マススクリーニング」がどのような文脈・意図で用いられているかを捉え直す作業を行なった。

結果として、「マススクリーニング」は大きく分けると「すべての妊婦が受ける検査として実施」か「希望するすべての妊婦が受ける検査として実施」のいずれかに言い換えられたが、そのどちらを指しているかは言説により異なっていた。さらに、2021年の「専門委員会」議論では「マススクリーニング」が指すところが発話者によって大きく食い違っている場面も見られたが、他の委員や事務局などから定義を問い直す議論や指摘は入らなかった。

2021年の「専門委員会」報告書は、検査の情報を幅広く妊婦に提供していくというガバナンスの転換を見せ、「マススクリーニング」を「一律に実施する検査」と定義し直し、「希望する全員が受ける」状態であれば問題ない、としたように見える。しかし、これまで「客観的な理由を有する妊婦」に検査対象を限るべき、としてきた方針を転換させたロジックは十分に示されておらず、方針転換が正当化される理由の説明が必要であると考える。

ドイツで非配偶者間人工授精で生まれた成人が経験する「知ること」・「知らないこと」をめぐる家族内力動
トビアス・バウアー(熊本大学大学院人文社会科学研究部)・アンネ・マイヤー=クレドナー(ブラウンシュヴァイク工科大学生命科学部)

ドイツでは、2018年7月の精子提供者登録法(Samenspenderregistergesetz)の施行に伴い、精子提供者登録簿が設置され、精子提供者の匿名性が廃止された。これにより、2018年7月以降に非配偶者間人工授精(AID)で生まれた人々は、精子提供者(遺伝上の父)に関する情報を入手することによって自身の出自を知る権利を行使することが可能となった。

しかし、本法律施行前に生まれた人々の精子提供者に関するデータをドイツの精子提供者登録簿に遡及的に含める規定は定められていないため、本登録簿からはそれ以前にAIDで生まれた人々に関わる精子提供者の情報を得ることができない。そのため、施行前に生まれた人々が自身の精子提供者に関する情報を入手しようとする場合には、依然としてかなりの障害に直面している。また、本法律の施行後でも、親がどの割合で子どもにAIDで生まれた事実を伝えるかは現時点では不明である。1970年代以降、ドイツで10万人がAIDで生まれたとされているが、自身がAIDで生まれたことを知っているのは、わずか5~10%と推定されている。

とりわけ2000年頃以降には、AIDで生まれた人々の経験とライフストーリーがメディアや報道で広く紹介されるようになり、2007年にはAIDで生まれた人々の当事者団体(Spenderkinder)も設立された。2013年にハム高等裁判所が下した、AIDで生まれた人の出自を知る権利が精子提供者のプライバシーより重要である旨の判決も、AIDで生まれた人々への世間の関心を高めるきっかけになった。

このような背景を受け、発表者は、ドイツでAIDで生まれた成人を対象としたオンライン調査を2020年に行った。これは、AIDで生まれた成人の経験に基づいた家族内力動等についての調査であり、ドイツの当問題における初めての体系的調査研究であった。本発表は、そのデータに基づき、彼らはAIDで生まれたことをどのように知り、それをどのように経験したか、また、自己認識と家族関係にどのような影響があったかを解明することを目的に実施した。また、AIDで生まれたことを知ったことが、家族内の「知ること」・「知らないこと」のパターンに及ぼす影響と力動を、「ignorance studies」(無知学)を理論的なフレームワークとして用いて明らかにすることを試み、それによって得られたドイツでの研究成果が、日本におけるAIDと出自を知る権利をめぐる議論にどのように貢献できるかも考察した。

現実において「人工妊娠中絶は許容可能か」を問うために ―人工妊娠中絶をめぐる倫理的論点―
鹿野 祐介(大阪大学社会技術共創研究センター)

「現実において「人工妊娠中絶は許容可能か」を問うために-人工妊娠中絶をめぐる倫理的論点-」では、人工妊娠中絶の是非をめぐる論争について、倫理的観点・法的観点・社会的観点における諸課題としての抽出およびカテゴライズと、それらの比較衡量にもとづいた中絶論争の整理がなされた。

中絶の是非に関する対立構造は複雑多岐にわたっており、誰にとっていかなる問題であるかが明らかではない。この研究報告においては、中絶に関する先行研究における記述の分析にもとづき、倫理的観点においては胎児の道徳的地位および助成の自己決定の権利に関する決定的基準の不在が、法的観点においては胎児の法的位置づけないし要保護性に関わる決定的基準の不在が、社会的観点においては人工妊娠中絶を多角的に捉える俯瞰的まなざしの不在が、それぞれ課題として見出された。現状、いずれの課題も、同じ「中絶の是非」として語られる限りにおいて混乱を招くものであり、それゆえ、解決不可能であり、また、各々の課題は文脈相対的な仕方でのみ捉えられうることまでが確認された。

天命を持つ中絶あるいは出産の考察 ――人生100 年時代の社会構想における方向性の転換
貞岡 美伸(立命館大学 生存学研究所 / 京都光華女子大学)

貞岡美伸が「天命を持つ中絶あるいは出産の考察:人生100 年時代の社会構想における方向性の転換」について報告した。平均年齢をもとに女性の人生約90年を想定し、人生設計を構築することが必要である。特に産み育児することを中心に考察した。人工妊娠中絶する、あるいは妊娠継続することの意思決定には期限がある。今もなお女性が実践する新生児遺棄は多発している。複雑な事情で妊娠した女性が出産する場合に子供の育児を望めば夢かなう社会システムを構想したいと考える。結果的に生殖することは予測不可能な事態なのである。これら女性が妊娠継続し、出産し、さらにシングルマザーとして生活できる。ひいては貧困なく、ゆとりある子育ができるようにするため公共性を主張し、社会的・政治的に方策を整備する必要がある。つまるところ女性の妊娠・出産、これに続く育児をある種の有償労働として捉えることを求める。女性または男性の場合もあり得るが家庭内専業で行う母親業に国家が給与をあたえる。この収入に課税する方法を提案する。手のかかる子育て期は数年である。例えば、女性が学業から子育てへ、さらに子育て後から学業へもどることができる。長寿の時代にこのような方向転換的な女性の人生設計の構築を方策として求める。