2021年11月27日(土) 9:00~10:30
ミーティングルームA(ZOOMライブ配信)

オーガナイザー
竹下 啓(東海大学医学部)

報告者
三浦 靖彦(東京慈恵会医科大学附属柏病院)
長尾 式子(北里大学看護学部)
堂囿 俊彦(静岡大学学術院人文社会科学領域)
神谷 惠子(神谷法律事務所)

オーガナイザー報告

近年、臨床研修指定病院等の一定規模以上の病院の多くにおいて臨床倫理委員会が設置され、臨床倫理コンサルテーションが行われるようになってきた。一方、地域の医療・ケアを担う診療所、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、介護保険施設等における臨床倫理支援(地域における臨床倫理支援と呼ぶ)については、これからの発展が期待される領域である。そこで、地域における臨床倫理支援の“state of the art”を共有し、実践上の課題を議論することを目的に、本ワークショップを企画した。

まず、慈恵医大柏病院(千葉県柏市)の三浦は、「慈恵医大柏病院・臨床倫理勉強会」を2014年の発足当初から地域の医療・介護職にも開放し、2018年からは他の附属病院にも広げて「慈恵医大臨床倫理を学ぶ会」に発展したこと、地域の医療・ケア従事者に研修の機会を提供するために「慈恵医大臨床倫理セミナー」を実施していることについて報告した。事例検討においては参加者に守秘を制約する文書を求めていること、最近柏地域に特化して開始した倫理カフェでは、地域の医療・ケア従事が気軽に参加できるようにあえて「倫理」という言葉を使用せず「もやもやカフェかしわ」という名称としたことなど、倫理支援を行う上での工夫についても紹介した。

北里大学(神奈川県相模原市)の長尾は、東海大学(神奈川県伊勢原市)と亀田森の里病院(神奈川県厚木市)の医師らと共同で2018年に「神奈川臨床倫理カンファレンス」を開始し、毎月開催している。多施設に所属する多職種で事例検討を行うために、事例が特定できないよう一定の加工を施していること、参加者が固定化していることや振り返りのカンファレンスが多く、進行中の事例に関するコンサルテーションは少ない現状を報告した。また、コロナ禍でオンライン開催したことにより、遠方から新たな参加者が増えた一方で、神奈川県域のカンファレンスという意味合いが希薄化しているとのことであった。

静岡大学(静岡県静岡市)の堂囿は、ドイツにおける院外倫理コンサルテーションの歴史と概要について解説し、ドイツと比較して日本では地域における臨床倫理支援についての体系化された知見がきわめて乏しいことを指摘した。また、2019年からNPO法人で院外倫理コンサルテーションを開始したが依頼が皆無であった経験を踏まえ、2021年1月からは静岡県の東部、中部、西部それぞれの地域で医療・ケアに従事しているコーディネーターが主体となって倫理カンファレンスを行う「しずおか倫理カフェ」を開始したところ、毎回事例検討を行えるようになったと報告した。また、一度に大規模なカンファレンスを開催するよりも、小規模なカンファレンスを複数の地域で開催することの方が、地域における倫理支援では有効である可能性を示唆した。

以上の3人の実践を俯瞰すると、地域における臨床倫理支援活動の機能としては、①参加者が現在対応に苦慮している事例を提示し、倫理支援の主催者を中心に話し合いを行う「倫理コンサルテーション型」、②参加者が過去に経験した事例を提示して話し合う「振り返りカンファレンス型」、③臨床倫理についての講演を行う「教育講演型」、④それぞれの参加者の抱えている事例について小グループで自由に話し合う「懇談型」(抄録では「カフェ型」としたが、名称が「カフェ」でも実際には①〜③の内容を含むことがあるため修正)があると思われた。また、臨床倫理の専門家に新規に相談が持ち込まれるというよりも、お互いを知る関係の中で臨床倫理について学びながら、困った事例についてともに考えるという地域における倫理支援の姿が浮かび上がったと思われる。

神谷は、倫理支援の各類型について法律家の立場から検討した。過去の事例を取り扱う限り、振り返りカンファレンス型、教育講演型、カフェ型は、医療・ケア専門職の研鑽の一環として整理することが可能であり、個人情報保護や守秘義務に抵触しなければ、法的責任問題が発生する可能性は低いと指摘した。しかし、倫理コンサルテーション型の場合は、依頼者と倫理支援の主催者の間に準委任契約が成立すると考えられ、主催者の手法や知見が著しく欠いている場合には、善管注意義務違反の問題が生じ得ると報告した。また、倫理コンサルテーション型においては、患者の診療等に当たり外部の医師等の意見・助言を求める目的で他の事業者等への個人情報提供を行うことがあり得ることについて、依頼者の所属施設において掲示等があれば、原則として患者の黙示の同意が得られているものと考えてよいと述べた。ただし、倫理支援を受けるのに不要な情報は削除したり匿名化するべきであると指摘した。さらに、臨床倫理支援活動をアーカイブ化して研究を行う場合には「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」等に準拠して行うことが可能と考えられるが、倫理支援の参照にすることを目的に多施設から集められた情報をアーカイブ化する場合には、ケースに関係する人たちから個別に同意を受けるか、または匿名加工情報とするかの必要があり、後者いついては法律による規制も多く、いずれにしても実施においては困難が伴う可能性が高いことについて言及した。

参加者とはQ&A機能を用いてさまざまな議論を行うことができた。個別の事情を知らない外部の人に倫理コンサルテーションを依頼するには心理的な障壁があるというだけではなく、相談した職種のみからの一方的な相談になってしまう可能性が指摘された。一方で、地域の医療・ケアの現場は少数の専門職による密室になりやすく、外部の倫理支援が透明性や倫理的妥当性を担保する手段となりうるのではないかという意見もあった。その他、地域での臨床倫理支援の実践についてもコメントが寄せられ、参加者と共有した。

竹下 啓(東海大学医学部)