2021年11月28日(日) 10:40~12:10
ミーティングルームC(ZOOMライブ配信)
座長
有江 文栄(国立精神・神経医療研究センター)
佐藤 雄一郎(東京学芸大学)
- 臨床研究からの妊婦の排除という倫理的問題
高井 ゆと里
遺伝情報の利用規制がもたらす課題―先天性異常による免責が争われた裁判例を踏まえた考察―
村岡 悠子
座長報告
本年度の若手論文奨励賞の受賞論文は、高井ゆと里さん(以下、敬称略)の「臨床研究からの妊婦の排除という倫理問題」と、村岡悠子さん(以下、敬称略)の「「遺伝情報の利用規制がもたらす課題~先天性異常による免責が争われた裁判例を踏まえた考察~」の2篇の論文(「生命倫理」Vol.31 No.1(通巻32号)2021掲載)であった。論文公表後の研究の進展を踏まえ、両受賞者より報告がなされた。
第1報告者の高井は、『臨床研究からの妊婦の排除という倫理的問題』というテーマで、COVIC-19のパンデミック下における治療法やワクチン開発の過程において、妊婦という集団が研究対象から除外されている現状に着目し、社会正義の視点からリプロダクションの問題を論じるものであった。高井は、歴史的に妊婦が研究から排除されてきた背景や、米国の「妊娠の研究包摂」をめぐる議論と動きを概観しつつ、「妊婦の研究包摂」という規範的主張を「矯正的正義」概念を用いて、正義の是正としての「正義」の論理を展開した。報告では、妊婦と胎児のリスク・ベネフィットの衝突、胎児保護についても論じられた。質疑応答では、妊婦集団を「社会的に弱い立場の集団」ではなく、「医学的に複雑な状態にある集団」と捉えなおすことの議論や、参加者より、治験参加中に妊娠した女性被験者のフォローデータに関する情報提供があった。「社会的弱い立場の人々」の概念や基準についての再考察の契機となる有意義な報告となった。
第2報告は、村岡による「遺伝情報の利用規制がもたらす課題~先天性異常による免責が争われた裁判例を踏まえた考察~」であった。遺伝差別はもちろんのこと、包括的な差別禁止法が存在しないわが国において、生命保険協会がガイドライン策定を目指すとの報道がされている中(もっともその後の進捗はないようである)、本報告では、筋強直性ジストロフィーを発症した民間介護保険の契約者が要介護状態になったため保険金の請求をしたところ、保険会社が①保険期間開始前条項、および②先天性異常条項、を理由に支払いを拒否した事例をもとに、今後に向けての議論の必要性を論じるものであった。質疑応答の中では、Q&A機能を用いて、生命保険会社の実務や生命保険協会の動きなどにつき参加者からの情報提供があった。オンラインでの大会も2回目になり、対面ではできないようなテキストでの情報提供が手軽に行えたことのほか、質問に対して報告者がスムースに答えていたことが印象的であった。報告において扱われた筋強直性ジストロフィーのように、原因遺伝子は先天的に有しているがすぐには判明せず、その後徐々に症状が進んでいくタイプの遺伝性疾患に対して、社会全体がどのように取り組み、法制化のための議論を進めていくのかを考える有意義な機会になったものと考える。
有江 文栄(国立精神・神経医療研究センター)
佐藤 雄一郎(東京学芸大学)