2021年11月28日(日) 10:40~12:10
ミーティングルームB(ZOOMライブ配信)

オーガナイザー
四ノ宮 成祥(防衛医科大学校)
三成 寿作(京都大学iPS 細胞研究所上廣倫理研究部門)

  • 合成生物学に期待される役割
      木賀 大介(早稲田大学 理工学術院)
  • 感染症研究のデュアルユース問題
      花木 賢一(国立感染症研究所 安全実験管理部)
  • 先進生命科学のバイオエシックス
      河原 直人(九州大学病院 ARO 次世代医療センター)
  • デュアルユース問題と科学技術コミュニケーション
      川本 思心(北海道大学 大学院理学研究院)

オーガナイザー報告

先進生命科学技術は、医療技術の革新的進歩に寄与するだけでなく、我々の社会・産業構造にも新たな変革をもたらし得る。とりわけ、近年大きく進歩した先進生命科学技術の一つがゲノム関連技術であり、合成生物学領域におけるゲノム合成等に加え、ゲノム編集並びにそれを応用した遺伝子ドライブ操作がその代表格である。これらのゲノム関連技術は、その社会・医療応用において多彩な可能性を秘めている一方で、利用のされ方によっては負の影響を及ぼし、思わぬリスクを惹起することが考えられる。この問題は、技術の開発者側や利用者側だけでは解決できないために、社会全体で検討していく必要がある。我々は、このような課題を「先進生命科学技術のデュアルユース問題」と位置づけている。この検討にあたっては、社会が望ましい形で発展するように、本問題の倫理規範の在り方を熟考しつつ、その適切解となるガバナンスの模索・構築を図っている。このような認識のもと、シンポジウム「先進生命科学技術のデュアルユース問題と倫理規範の在り方」を企画し、活発な討論を展開した。

まず、オーガナイザーの四ノ宮は、本シンポジウムの企画趣旨として、日本生命倫理学会における、この問題に関する過去の討論の経緯や主要課題、そして、今回の企画との関連性について簡単な説明を行った。次いで、三成からは、各シンポジストがどのような視点から発表を行っていくのか、そして、それが倫理規範の在り方とどのようなつながりを持ち、どのような議論が期待されるのかについての紹介があった。

早稲田大学理工学術院の木賀大介氏は「合成生物学に期待される役割」と題して、技術開発の現状を述べ、ゲノムをまるごと自由にデザインすることは現時点では不可能であるが、プログラミング技術の進展を考えれば、ゲノムに記された動作プログラムを自由にデザインした新種の細菌が合成される日も遠くはないという展望を示した。また、合成生物学には、現在の地球生命を探索しただけでは発見できない、ありえた生命、ありえる生命を創出し、より広い範囲で生命を考察する、という理学的な役割があることについても紹介した。その上で、iGEMや「細胞を創る」研究会における研究者側の試みを紹介し、評価軸において社会との関わりが重要な位置を占めていることに言及した。

国立感染症研究所安全実験管理部の花木賢一氏は「感染症研究のデュアルユース問題」を取り上げ、炭疽菌郵送テロ事件における教訓やバイオテロの可能性が高い疾患への対処の経緯を述べた上で、高度封じ込め施設の現状などバイオセーフティの取り組みについて紹介した。一方で、研究開発の進捗により、これまでの対策では対処困難な事態が発生する可能性があり、意図的な悪用や過失により人の健康や国家安全保障の脅威につながり得ると述べた。その対応の一つとして、国立感染症研究所におけるIAP5原則に対する取り組みを紹介した。

九州大学病院ARO次世代医療センターの河原直人氏は、「先進生命科学のバイオエシックス」というテーマで、先進生命科学技術分野におけるデュアルユースに係る事項を踏まえた倫理規範の策定に向けた近年の取り組みについて、その動向を概説した。2006年のWHOによる「実験施設バイオセキュリティガイダンス」や2010年の米国大統領委員会による「合成生物学とエマージング・テクノロジーの倫理:新しい方向性」についての基本理念を紹介した上で、生命科学研究におけるデュアルユースの諸問題について検討しなければならない課題を列挙した。そして、リスクアセスメント、リスクコミュニケーション、リスクマネジメントの諸相に留意することの重要性を認識した上で、当該分野でバイオエシックスが果たしていくべき意義・役割について述べた。

北海道大学大学院理学研究院の川本思心氏は、「デュアルユース問題と科学技術コミュニケーション」という古くて新しいテーマに言及し、ステークホルダーの関与の複雑さゆえに、分類の仕組みやそれに関わるステークホルダーが増殖すると同時に問題も増殖する性質を有していることを指摘した。デュアルユース問題に対する「正しい理解」の困難さを指摘し、いろいろな情報が飛び交うなか、安易に市民参加に委ねる前に、まず専門家の責任と専門家間のコミュニケーションを構築することの重要性を述べた。そして、科学技術コミュニケーションにおいては信頼が不可欠であることに言及した。

総合討論では、デュアルユース問題を考える上でのリスク評価法の在り方に関する熟議の必要性や、バイオエシックスの出発点である地球環境問題などとのつながりについて意見交換を図った。また、研究者の意図を離れて問題が派生したり、インフォデミックと関わったりする点においても議論となり、本問題の複雑さが共有された。本問題については、倫理規範の重要性は再認識されたが、未解決の検討事項を多く孕んでおり、今後も継続的に本学会で議論していくことの重要性が再認識された。

四ノ宮 成祥(防衛医科大学校)