- 日時:2019年12月7日(土)11:10~12:40
- 会場:東北大学川内キャンパス 文科系総合講義棟・法学部第2講義室(B会場)
- オーガナイザー:笹月桃子(西南女学院大学/九州大学病院)
- 小児医療と成人医療のパラダイムの違い
余谷暢之(国立成育医療研究センター) - 小児集中治療現場より
賀来典之(九州大学病院) - 新生児医療現場より
上田一仁(名古屋大学医学部附属病院) - 代理意思決定の可能性を探る
笹月桃子(西南女学院大学/九州大学病院)
座長報告
小児医療における、特に命に関わる治療方針の決定を巡る倫理的な問題は、多元的かつ多層的である。子どもの最善の利益とは何か、それを誰が、いかに代弁し得るのか、という難しい問いを基盤に持ちつつ、各々の専門分野の現場で前景化する実践的な課題は異なる。
昨年度の本学会年次大会の公募シンポジウム「人生の最終段階における医療とケアの意思決定支援 ― ガイドラインの活用の実際と課題」(会田、尾藤、清水、笹月)の討議のなかで、成人の代理意思決定では、医療者や家族が「本人の意思を推定し、その推定意思を尊重する」のに比し、小児のそれでは医療者と家族が協働し「子どもたちの代弁者として、子どもの人生を考え、個別性を考慮しつつ、最善を見出そうとする」(清水)と評され、その困難さが着目された。
本シンポジウムでは、小児医療現場における代理意思決定の、その限界と可能性について議論することを目的として、まずは小児緩和ケア、小児救急・集中治療、新生児医療、重篤な小児神経疾患の医療、という四つの領域の経験者らが現状を報告した。
余谷は、成人と小児の意思決定におけるパラダイムの違いを指摘し、併せて、親が子の親になっていく過程で移りゆく意向をいかに方針に反映し得るか問うた。
賀来は、集中治療現場で遭遇する事例を3例紹介し、子どもの最善を求める時に、生物学的生命を支えるだけでなく、子どもの人生の物語を考える重要性を指摘した。
上田は、新生児の事例を紹介し、見通しの振れ幅が大きい中で、新生児、あるいは「まだ見ぬ」存在である胎児の治療方針を決定する難しさと、その児と家族の物語を紡ぐ過程で、医療・社会の在り方も考えていく重要性を述べた。
最後に笹月は、自己決定を基盤とした「状態の価値」が重んじられる社会の風のなかで、自己決定能力がないとされた未熟性や障害性に目が奪われることで、子どもたちが「存在している、命あって生きている」ことの尊さから目が逸れることがないよう、代弁者として果たせる役割に言及した。
シンポジストの報告を受けてフロアからは、医療資源の公平分配を理由とした方針決定の是非、ほぼ脳死状態の子どもの最善の捉え方、新生児・胎児の物語を捉える難しさ、専任の小児緩和ケア医のいない施設での意思決定支援の難しさ、親と医療者の協働意思決定の綱引きのバランス、などについて意見が出され、今後も引き続き、議論の場を設けていく意義を共有した。
代弁者同士の対話・討議の先に見出されたものが、子どもたちの命と尊厳を守り慈しむ最善の方針となり、それこそが代理意思決定の可能性と言えるのではないかと期待された。