- 日時:2019年12月8日(日)15:40~17:10
- 会場:東北大学川内キャンパス 文科系総合総合講義棟・法学部第1講義室(A会場)
- 共同座長:
- 甲斐克則(早稲田大学)
- 浅井 篤(東北大学)
- ヒト受精胚にゲノム編集を用いる研究
石原 理(埼玉医科大学) - 滑り坂か、福音か
青野 由利(毎日新聞) - 生命医療倫理の研究者・実践者としてゲノム編集に思うこと
門岡 康弘(熊本大学)
座長報告
「ヒト胚のゲノム編集とめぐる市民との対話」は、第31回日本生命倫理学会年次大会の市民公開企画のひとつとして、内閣府と日本生命倫理学会との共催で開催された。2018年11月、中国の研究者がゲノム編集技術を用いて受精卵から双子を出産させたという発表があり、日本生命倫理学会においてはその問題性について声明を発表した。また、総合科学技術・イノベーション会議生命倫理専門調査会では、2019年6月に第二次報告を取りまとめ、ヒト胚に関するゲノム編集技術を用いた一部の基礎研究を条件付きで容認するとともに、その臨床利用については法的規制を含む枠組みの必要性を指摘している。本シンポジウムは、技術の急速な進展を見据え、ヒト胚へのゲノム編集技術を用いることの科学的・医学的恩恵と生命倫理上の課題について、市民と情報共有しつつ対話することを目的に開催された。
石原理氏(埼玉医科大学医学部産科・婦人科教授)は、『ヒト受精胚にゲノム編集を用いる研究』と題した発表で、胚研究の重要性と必要性、その可能性について解説し、新たな技術である「ゲノム編集」の胚研究利用について一般市民を含むシンポジウムのオーディエンスと共に考える機会を提供した。体外受精胚移植の現状、不妊症や流産について理解の深化、科学のフロンティアとしての胚研究の世界の状況について言及し、わが国で「ヒト受精胚に遺伝情報改変技術等を用いる研究に関する倫理指針」が2019年4月1日に施行され、現在も引き続き各省庁の専門委員会、審議会などで集中的に関連法令の検討が続いていることを報告した。
青野由利氏(毎日新聞論説室専門編集委員、総合科学技術・イノベーション会議生命倫理専門調査会委員)は、『滑り坂か、福音か』と題した発表で、日本にはヒト胚の取り扱いについての包括的な法律がないこと、規制緩和に至るプロセスが不明瞭なこと、臨床応用に関しては患者の利益と社会のリスクとのバランスが大切であることの3点の視点から、ヒト胚に遺伝子操作を加える基礎研究で許容される範囲、余剰胚と新規胚に対する倫理的配慮の差異、遺伝性疾患予防としての臨床応用の評価、そして優生思想やヒトゲノムの変容のリスクなどについて数多くの重要な課題の存在を指摘した。そして完全な技術は存在しない現実世界で「想定外のリスクをこどもに引き受けさせること」の問題点についても問題提起した。
門岡康弘氏(熊本大学大学院生命科学研究部・環境社会医学部門・環境生命科学分野・生命倫理学講座、日本生命倫理学会会員・第31回年次大会実行委員)は、『生命医療倫理の研究者・実践者としてゲノム編集に思うこと』と題した発表で、生命倫理学教育研究者の立場から、科学者と政策立案者は一般市民との対話や社会に対する説明する責務があり、科学的観点のみならず哲学的社会的側面からの議論が必要だと述べた。病気と健康、障害、人間、尊厳、統合性などの生命倫理領域の諸概念の大切さにも言及した。そして、ゲノム編集技術が、現世代および将来世代の生活や生き方をより幸福なものにするのかについて問うことの重要性を指摘した。
会場からは多数の質問があり、3名のシンポジストと活発な議論が交わされた。第31回年次大会のクライマックスとして大きな意義ある企画だった。早稲田大学大学院法務研究科教授で総合科学技術・イノベーション会議生命倫理専門調査会委員である甲斐克則と、東北大学大学院医学系研究科・医療倫理学分野教授で本年次大会大会長の浅井篤が共同で座長を担当した。
文責:浅井篤、甲斐克則