• 日時:2019年12月8日(日)10:40~12:10
  • 会場:東北大学川内キャンパス 文科系総合総合講義棟・第1小講義室(C会場)
  • オーガナイザー:
    堂囿俊彦(静岡大学)
  • 報告者:
    • 三浦靖彦(東京慈恵会医科大学附属柏病院)
    • 神谷惠子(神谷法律事務所)
    • 長尾式子(北里大学)
    • 竹下啓(東海大学)

座長報告

本ワークショップでは、2019年3月以降、社会的議論を引き起こしている公立福生病院における透析治療の問題を扱った。ワークショップでは、福生病院において生じた透析治療の見合わせ自体の是非は扱わず、一連の議論の中で示されたさまざまな論点を通じて、「透析治療見合わせの望ましいあり方とは何か」を検討した。

今回の問題では、透析治療の見合わせという選択肢を医師から提示すること自体が不適切だという議論が見られた。この点に関して神谷は、医療を実施しない場合の危険性を知らせることは医療従事者の法的義務であり、適切な説明の結果、患者が実施しないことを決定した場合には尊重しなければならないこと、ただしその決定はいつでも撤回可能であり、その場合には関係者による丁寧な話し合いが必要であることを指摘した。

続いて竹下は、一連の報道の中でしばしば取り上げられた、日本透析医学会「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」を検討した。実のところ今回の件に関して、このガイドラインが有効に機能することはなかった。というのもこの提言において見合わせが想定されているのは、主に、透析が無益かつ身合わせをするという患者の意思が少なくとも推定できる場合、あるいは、透析自体が有害である場合だからである。提言が現場において意味あるものとして機能するためには、無益ではない透析の見合わせを患者が申し出た場合について、さらに踏み込む必要があるとした。

もちろん提言やガイドラインだけですべての問題が解決するわけではないし、そのような場合には、外部に助けを求める必要もあるだろう。実際福生病院の事案をめぐっても、外部の関わりがなかったことが批判されている。こうした批判に対し、3番目の提題者である長尾は、社会的に議論となりやすい事例などでは、倫理コンサルテーションによる支援が有効である可能性があること、また、倫理コンサルテーションの設置母体や提供形態を、透析を行っている医療機関の形態に応じて柔軟に変えていく必要があることを指摘した。

最後に、長年透析医療をめぐる臨床倫理を検討してきた三浦から、透析医療における意思決定のさいに配慮するべき点が示された。一つ目は、患者自身の価値観や人生の物語(ナラティブ)を理解しようとする姿勢である。二つ目は、最終段階における緩和ケアや患者・家族に対する精神的ケアの充実である。医療・ケア従事者がこうした姿勢やスキルを身につけることにより、充実した意思決定と、それにもとづく最終段階を送る可能性を高めることができるのである。

会場とのディスカッションでは様々な議論が交わされた。例えば、透析医学会提言については、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」との整合性について質疑があった。プロセスガイドラインでは、本人の意思決定能力がなく、本人の意思を推定できる家族等がいない場合には、多職種で本人にとっての最善の利益の観点から医療・ケアの方針を決定することとなっている。しかし透析医学会提言では、そのような場合には透析の見合わせを検討することはできないような記載となっており、プロセスガイドラインと乖離があることが確認された。