• 日時:2019年12月7日(土)16:10~17:40
  • 会場:東北大学川内キャンパス 文科系総合講義棟・第2小講義室(D会場)
  • オーガナイザー:武藤香織(東京大学)
  • 報告者:
    • 加藤博文(北海道大学)
    • 井上悠輔(東京大学)

座長報告

国際的に、先住民族の権利の尊重を求める関心が高まるなか、わが国では2019年4月、アイヌを「先住民族」として明記し、その伝統と文化への一層の配慮を求める「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」が成立した。多くの課題の一つに、学術機関・博物館等に大量に保管されている遺骨や副葬品の取扱いのほか、今後の研究の進め方などが挙げられている。

本ワークショップの目的は、これまで本学会では検討の機会が少なかった、「アイヌ研究」のルール作りをめぐる最近の議論を共有し、会員諸氏と意見交換をすることとした。そのため、話題提供者として、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの加藤博文教授と、井上悠輔会員(東京大学)を招聘した。

加藤教授によれば、諸外国の先住民族研究に関する研究倫理指針と比較すると、国内学会の倫理綱領には、1)アイヌ民族の考古遺跡や資料との文化的・精神的繋がりへの言及、2)アイヌ民族独自の歴史観への尊重、3)アイヌ民族の歴史解釈の独自性の尊重、4)考古学活動の実施に際しての地域のアイヌ関係者との協議、5)アイヌ民族の祖先の遺体(遺骨)や関連する遺物についての配慮、文化的享有権、知的財産権への配慮・尊重といった観点が欠けていると指摘した。こうした事情から、北海道アイヌ協会と日本人類学会、日本考古学協会、日本文化人類学会は、「アイヌ民族に関する研究倫理指針(案)」を策定し、アイヌ民族の遺骨と副葬品の取扱の適正化、今後出土が想定されるアイヌ民族の遺骨や副葬品を含めた、アイヌ民族の歴史文化遺産の研究の実施にあたって必要な手続きを制定するとのことであった。

続けて井上会員より、特定コミュニティ研究の倫理という観点からアイヌ研究の倫理に迫りつつ、生命倫理学と本件の接点について、1)学問のあり方の問い直し(“Scientific colonization”)、2)国の倫理指針を含む、従来の原則やその運用からみた課題、3)「アイヌ」の問題でありつつも、そうでない人々にも影響を与える課題などの論点を提示した。

聴衆には北海道に居住する会員も多くおり、活発な議論を通じて、この問題に対する道内と道外での受け止め方の違いなどが意見交換された。また、研究倫理の観点から疑義を呈された論文に関連して倫理審査委員会が果たすべき役割、同化政策によって破壊されたコミュニティならではの困難性などが議論された。会員諸氏が引き続きこの問題に関心を持たれることを希望したい。