良い死とは何か。

本書の執筆はこの問いから始まりました。すべての人は必ずいつか人生の終わりを迎えます。「終活」という言葉がすでに社会に定着しているように、多くの人たちが人生の終わりに関心を持っています。これまでにも、医療・介護従事者や患者・家族はもちろん、さまざまな分野の研究者が多くの良書を公表しています。本書は、そうした知識や経験が蓄積していることを念頭に置いたうえで、諸外国との比較を通して日本における終末期医療の現状と課題を包括的に論じようと試みました。

日本は現在、超高齢社会を迎え、社会保障の持続可能性や看取りの場所の確保が議論されるようになっています。このような社会で人生の終わりを迎える際に、どこで、どのように最期の時間を過ごすか、自分で判断できなくなったり意識がなくなったりしたときにどのような医療・介護を望むのか、といった、さまざまな問題が起きることが考えらえます。近年は家族や地域とのつながりのない無縁社会を反映した現象として「孤独死」も社会問題となっています。

また、日本人の中には、難病患者が安楽死を選択して外国に渡り死亡する事案がテレビ番組で放送され、社会的弱者への圧力になりかねないと批判されました。このように、法政策的な視点から死にまつわる多様な事象や事案まで、さまざまな議論が提起されています。

本書は、特に終末期の医療に焦点をあてています。前半では、人生の終わりにどのような医療を受けたいかをテーマに、日英の「終活」の背景から人生の終わりを考えること、最期の医療を決めて伝える方法、死にゆく人の死の瞬間に立ち会うことやその瞬間に向けて提供されるケアを意味する「看取り」のケア、全人的ケアである緩和ケア等を取り上げました。

本書の後半では、終の選択をめぐる現状と課題をテーマに、安楽死を法制化しているオランダやベルギー、米国・オレゴン州の現状と課題、安楽死をめぐる日英の事件の検討、スイスへの自殺ツーリズム現象がもたらす諸外国への法政策的な影響と日本の課題、生命維持治療の中止をめぐる日英米の事件と法制化をめぐる現状と課題等について議論しています。

本書が、政策立案者、立法者、医療・介護従事者、研究者、そして市民が、死や人生の終末期の医療について考える際の一助になれば幸いです。

田中美穂(日医総研)・児玉聡(京都大学)

※本書は、2015年10月-12月、朝日新聞デジタル「アピタル」で連載した記事を大幅に加筆・修正したものです)

※いずれも、英WalesのこどもホスピスTŷ Hafanで田中撮影(2017年10月)