本書は、私の終末期医療と事前指示・アドバンス・ケア・プランニング(ACP)関連の博士学位論文をベースに、コロナ禍に突入した2年間の協力研究者との活動報告および今後の課題をまとめた内容です。以下、協力研究者の秋葉峻介氏の書評と25年来の恩師の加藤尚武氏の書評(感想)に応える形で本書を紹介したいと思います。
「本書は、われわれがみな『将来的に弱者となる可能性があるからこそ、事前の意思が最大限尊重される仕組みが必要となり、全ての人にとって「尊厳ある最期の選択」を可能にする事前指示・ACPを考えるべきである』(85頁)という問題意識のもと行われた、わが国の「終末期」における意思決定の問題に関する理論研究(第2章・第3章)と調査研究(第4章)の結果がまとめられたものである……著者は、『延命治療の中止部分が強調されており、事前指示書はあたかも医師の安楽死や尊厳死の要請のような主張がなされているが、誤解である。行政が治療中止を勧めているという誤解のもとで批判がなされているのが実情』と指摘している(85頁)。もちろん、誤解だけではない。ふたたび質問紙調査の結果に目を向けてみると、『パッシブ意見』として、『価値観の相違等話し合うのが難しい』『家族の反応・不満が心配』『自己決定に対する不安』などが見受けられる(160頁、171-172頁)」と秋葉氏が紹介してくださっています。(秋葉峻介「終末期」の意思決定に関する問題を検討・考察――克服すべき課題を意識したうえで、日本社会の特徴的な価値観という捉え方から、〈あるべき「終末期」の意思決定〉を展望する. 図書新聞3564号. 2022年10月29日. サイトの一部引用転載の許可いただいています)
私も「誤解」というより、秋葉氏が言うように、「誰もが必ずおとずれる『死』について、『なんらかの構え(事前の話し合いや意思決定)が必要であるとは認識していても、その話し合い(人生会議!)を実施すること自体に対して、われわれはどこか困難感を覚えるのだ』」と思います。私自身は、この困難感がとりわけ日本社会の特徴的な価値観に根付いているのではないか、と考えます。今後さらなる調査と分析が必要で、本書は自身の「事前指示」ACP関連研究の出発点にすぎません。
次に、加藤尚武氏からの本書への感想です。「終末期の問題は、ACPの理解が進むと同時に形式化してしまって血の通ったものとなりにくいという困難に陥っている……学会レベルで論点の解明が一定の水準に達すると同時に、医療現場ではまったく質的な進展がないような印象をもっている……」と、終末期医療の根本的な問題が示唆されました。たとえば、加藤氏が言うように、「インフォームド・コンセント」や「AHS」「ACP」といった専門用語も、老いや病に苦悩するとくに高齢の患者自身の気持ちを考えて使わないと、心に届かないと思われます。
さいごに、本書タイトルについてです。「終末期の意思決定」とタイトル付けしていますが、私は意思決定することが最善であると謳っているのではありません。「決められない/決まらない/決めない」でもそれを良しとするのが人生会議のあり方と考えています(200-201頁)。人生会議は「正解の無い」問いに向き合うことだと思います。
私自身は生命倫理とは「正解の無い」問いに取り組むこと、生命倫理の役割のひとつに、医療・教育・各種の現場での多様な価値観を認めコミュニケーションを図る倫理調整だとも考えています。医療者・研究者はもとより患者や家族、関心ある人々のあいだで、様々な価値観をもつ多くの他者との対話的思考、考察が必要だと思っています。
本書での問いかけが読者の皆様に何らかの示唆をお届けすることができ、お一人おひとりの人生会議のきっかけになれば幸いです(201頁)。どうぞきたんのないご意見をお寄せください。
(終末期の意思決定 – 株式会社晃洋書房 (koyoshobo.co.jp) http://www.koyoshobo.co.jp/book/b605013.html)
冲永隆子(帝京大学共通教育センター)・秋葉峻介(山梨大学大学院総合研究部医学域・総合医科学センター)