近年、人を対象とした研究において、研究倫理の重要性が声高に叫ばれている。そこには、研究における被験者保護の問題であったり、研究データの適切な管理・保管の問題であったり、データのねつ造のような研究公正に関する問題であったり、多岐にわたる問題関心が含まれている。本学会の会員であれば、このような研究倫理上の問題に関して、知人等から相談を受けた経験のある方も少なくないのではないだろうか。あるいは、公的にせよ非公式な形式にせよ、所属する機関等において、このような研究倫理上の対処困難な事例の相談を受ける役割を実際に担っている会員の方もいらっしゃるのではないだろうか。

 従来、このような研究倫理の相談を受ける者(=研究倫理コンサルタント)は、それぞれが個人として、あるいは、一組織の中の活動として活動し、その経験が共有される機会は少なかったと言える。本書は、そのような個人や一組織の中で閉じがちであった研究倫理コンサルタントの知の共有を目指すべく企画された画期的な1冊となっている。すなわち、本書では実際に各所属機関等で研究倫理コンサルタントとしての役割を担う研究者ら(この中には医師や看護師から法学や倫理学の研究者までさまざまな専門分野の者が含まれている)が集まり、架空の研究倫理の相談事例(もちろん、その中には現実の問題に端を発するものも含まれる)をもとに、そのような相談を受けた場合に注目すべきポイントや参照すべき法・指針・宣言等をピックアップしながら、最終的に自分(たち)であればどのような助言をするだろうかというところまで議論を展開している。

 また、一つ一つの相談事例はまずは研究者等から相談を受けるところからスタートしており、実際に自分だったらどういった点に着目して、最終的にどのような助言を与えるのかについて読者一人一人が考えることができるような作りとなっているため、未来の研究倫理コンサルタントの養成のためにも最良のテキストとなっている。加えて、現場の研究者の方々からすれば、研究倫理コンサルタントの考え方の筋道を追体験することによって、自身の研究に係る研究倫理上のポイントについてよりよく理解できるようになるだろう。

 その上、多種多様な相談事例が20ケース採録されているというのも本書の大きな特徴である。そのような相談事例としては、小児が関わるバイオバンクに関する相談から、近年社会問題となっているパンデミック下での感染症研究の相談や企業が関わるような研究の相談、あるいは、看護研究に関する相談や研究公正にかかわるような相談まで幅広く万遍なく取り上げられており、近年の多様な関心に対応する構成となっている。加えて、各相談事例と関連するコラム等も充実しており、各相談事例の解説と合わせて読むことによって、研究倫理についての最善の入門書の一つとしての役割を果たすことも期待できるだろう。

 執筆者一同、本書が今後の日本の研究倫理の礎石となり、この分野の議論の活発化につながることについても期待している。そのためにも、本学会の多くの方々に本書をお手に取っていただき、異論・反論を含めて、様々なご意見をいただけたなら望外の喜びである。

【本書の目次】
序章 相談事例(Cases)に進む前に
 Preface 00 研究倫理コンサルテーションの基礎
1章 既存試料・情報を用いた研究・バイオバンク
 Case 01 小児の疾患バイオバンクへの協力
 Case 02 バイオバンクでの「同意」
 Case 03 「オプト・アウト」における情報公開
 Case 04 病理解剖で得られた検体の研究利用
 Case 05 他機関への異動に伴う試料等の移転
 Case 06 オンライン商業誌への症例データの投稿
 Case 07 海外研究者へのデータ提供
2章 疫学・公衆衛生研究
 Case 08 地域コホート研究の立案
 Case 09 出生コホート研究の立ち上げ
 Case 10 産業医による研究
 Case 11 学校をフィールドとする研究
 Case 12 パンデミック下の感染症研究
3章 臨床試験・企業が関与する研究
 Case 13 歯科臨床試験
 Case 14 既承認薬同士の比較?
 Case 15 企業とのサプリメント臨床試験の立案
 Case 16 企業との画像解析ソフトウェア共同研究
4章 研究公正関連・その他
 Case 17 オーサーシップ問題
 Case 18 病理診断症例の報告
 Case 19 「倫理審査不要」?
 Case 20 看護研究

 附録1 研究倫理コンサルタントに求められるコア・コンピテンシー・リスト
 附録2 相談内容聞き取り時のチェック項目シート(見本)(ver.2.0
 附録3 ルーブリックの作り方と使い方(解説)

 あとがき
 索引

伊吹 友秀(東京理科大学)