大会長 樽井 正義(慶應義塾大学)

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、私たちの社会と医療の場に大きな衝撃を与えています。年に一度一堂に会して討議を行う場であるこの年次大会も、昨年に続いてオンラインで開催せざるをえなくなったのもそのためです。

 社会的距離をとる予防策は、とくに医療の場において感染者と治療に当たる医療者はもとより、一般の医療者、患者、家族の間の関わりにも求められ、患者の福祉に必須な面会から看取りまでも、またACPなど医療方針の自己決定を支える対話も、当初はほとんど不可能になり、いまでも大きな制約を受けています。患者の福祉の向上と自己決定の尊重について、生命倫理学はこれまで多くの議論を積み重ねてきましたが、流行のなかで医療の本質とよりよいケアのあり方が改めて問われています。

 流行の拡大に伴い、医療器機と病室、なによりも保健所と病院における医療専門職が限られるゆえに、少なからぬ感染者が医療を受けられずに高齢者施設や自宅、それどころか路上で死に至る事態が、また医療機関にあっても、場合によっては必要な医療が行えない可能性を、医療者と患者があらかじめ受け入れざるとえない事態が、現実となっています。医療資源の整備とともにその公正な配分は、生命倫理学にとって重要な課題であり、流行を別にしても、私たちの社会で弱い立場に置かれた少数者と多数者との関係のあり方として問われてきましたが、流行のなかで高齢者や単身生活者が、そして私たち自身が直面させられる課題になっています。

 流行がもたらしたこうした課題に取り組むよう、生命倫理学には転換が求められていますが、転換が要請される領域はそれに限られません。臨床倫理と呼ばれる領域では、新規治療法の提案、生命維持治療の拒否あるいは差し控え、患者と医療者の間のハラスメントなど多岐にわたる困難な事例について、医療機関の倫理委員会での審議やコンサルテーションが行われ、地域でも検討や学習が進められて、多くの会員が貢献されています。その多様な実践の現状を見渡し、役割の整理や基盤を整備することが求められています。

 今回の年次大会では、こうした課題を議論する場が計画され、また会員からも多くの企画と発表が寄せられました。開催にあたっては、前年度大会を主催された静岡大学の松田純大会長と堂囿俊彦実行委員長から大きなご助力をいただきました。学会事務局、情報委員会、企画委員会、国際交流委員会、研究開発委員会のみなさまからも多くのご協力をいただきました。またプログラムの作成と運営には、実行委員のみなさまにご尽力いただきました。すべてを調整する実務の一切は奈良雅俊実行委員長にご担当いただきました。みなさまのお力添えにこころより感謝を申し上げるとともに、みのりある議論の場となることに、みなさまとともに期待いたします。