日本生命倫理学会公式ホームページでは、「研究室訪問」というコーナーを新たに設けました。このコーナーでは、本学会会員の皆様が所属する研究室・研究センターを本学会情報委員会のメンバーが訪問し、研究室・研究センターの紹介に加え、どのような研究に携わっていらっしゃるのか、これからどのような研究が必要か、といったことについて、ざっくばらんにお話を伺います。学際的で多様な分野の研究者の方々にお話を伺うことで、皆様の研究活動にプラスになれば幸いです。伺った内容は、何枚かの写真とともに情報委員会のメンバーが執筆した記事として本コーナーで紹介いたします。
第2回目は、大谷大学真宗総合研究所東京分室のPD研究員・鍾宜錚さん(ジョン イジェン, Yicheng CHUNG)の研究室を紹介します。
2020年6月3日、鍾さんは、東京都文京区内にある大谷大学真宗総合研究所東京分室で、全国紙の医療専門記者の取材を受けていました(写真1)。
鍾さんの専門分野は、生命倫理学・死生学で、主に終末期医療の法政策について研究しています。この日の取材でも、台湾で2019年1月に全面施行された「患者自主権利法」と台湾におけるアドバンス・ケア・プランニング(ACP, 患者の意思を尊重するための話し合いのプロセス)の現状について、詳細な解説を求められました。
鍾さんはこれまでもたびたび、新聞記者の取材を受けています。取材を受けることについて鍾さんは、次のように話しています。
「自分の研究についてお話しすることによって、広く一般に知ってもらうことは、研究者としての使命の一つだと思います。私は常に、社会をよりよくするにはどうしたらいいかを意識しています。こうした機会があることがとても嬉しいし、ありがたいと思っています」
鍾さんの研究テーマは、台湾・韓国・日本といった東アジア諸国の終末期医療の法政策の在り方や死の文化についてです。現在は、「国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))東アジアにおける終末期医療の倫理的・法的問題に関する国際共同研究(研究代表者・児玉聡京都大学大学院准教授 )」に研究分担者として参加しています。
2020年2月上旬には、鍾さんの企画・コーディネートによって、上記の科研費研究のメンバーが台北を訪問しました。台湾のACP実践の現状と課題を知るために、台中市、埔里鎮(南投県)、台北市を訪ね、各地の法律・医療の専門家の意見を聞いたほか、医療機関を訪問して ACP の話し合いの中心となるキーパーソンと意見交換を行いました。また、台北では、鍾さんがもっと深く知りたいと考えていた、スピリチュアルケアやグリーフケアの提供ボランティアや医療者を育成する「大悲学苑」を訪問し、比較的早期から死や死にゆくことを考えることの重要性を学びました(写真2)。
さらに、この出張では、スイスに渡って自殺幇助を受け亡くなった台湾人男性(当時85歳)の家族への新聞取材にも同行しました。
これに先立ち昨年9月、鍾さんは、真宗総合研究所東京分室の研究者らと一緒に、台湾の寺や教会を訪問していました。中でも、同性愛者のためのキリスト教の教会を訪問したことが印象に残ったといいます。
教会は雑居ビルの小さな一室。教会が、台湾の同性婚の合法化運動にどのように関わってきたのかを尋ねたり、どうしてこのような教会を作ったのかを尋ねたりしたそうです。肩身が狭い思いをしていた同性愛者らに心のサポートをするために教会を作ったことを知りました。
大谷大学真宗総合研究所東京分室では、鍾さんを含めて3人の研究者が研究しています。COVID-19の世界的流行の影響を受けて、訪問した6月3日現在、出勤時間や出勤日をずらして出勤しているため、この日は鍾さん1人でした。
東京分室は2016年4月に設立されました。他の2人の研究員のテーマは、親鸞と親鸞の師匠の思想を研究する真宗学と宗教学(仏教文化論)ということです。かつては、フランス文学の研究者も在籍したそうです。
鍾さんは研究所の研究員らと「社会と宗教(仏教など)」という大きなテーマで共同研究に取り組んでいます。京都市内の大谷大学のキャンパス内で毎年2回開催される真宗総合研究所の研究員会議に参加したり、同研究所主催のシンポジウムで発表したり、さまざまな活動に参加しています。シンポジウムでは、「女性と仏教」という興味深いテーマが取り上げられたこともありました。
終末期医療を軸にさまざまなテーマに関心を持ち、実際に研究活動に結び付けている鍾さん。これからの抱負について、次のように話してくれました(写真3)。
「東アジアの終末期医療の法政策についての国際共同研究で成果を出すこと。そして、COVID-19の世界的流行時における倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の検討を進めたいと考えています。COVID-19パンデミックを経験した世界における人生の最期の在り方について、一般の人々の間に意識の変化がみられるのか、検討しているところです」
「時代を経て、家族の構成や家族の形がどんどん変わっていいきます。そうすると、終末期医療における家族の役割も変わってくるでしょう。わたしは『孝』について研究していますが、親孝行の形も変わるように思います。自殺幇助を受けて亡くなった男性の家族への取材に同行して、自殺幇助を望む親の希望をかなえることも親孝行なのか?と考えるようになりました」
「また、ACPを実践している台北市内の病院で話を聞いて、親が、知的障がいを有する子ども自身のACPについて話し合いをしておくケースがあることを知りました。親が子を愛する、子が親を尊敬する、そういう上下関係はありますが、その形が変わってきていると思います。尊敬し合う、愛し合う。これはどういうことなのか、どのように終末期医療に反映されるのかについても研究したいと思っています」
(情報委員会 田中美穂)