本書は、〈延命〉を否定的に扱う前提のもとで生じてきた規範や諸制度の展開を分析し、医療が担う新たな機能の倫理的問題を明らかにしたものです。生命倫理学の議論では、〈延命〉の対義語とも言うべき安楽死についての歴史的記述はよくみられるのに対し、〈延命〉 について、それが本質的に何を意味するのかはほとんど注目されてこなかったといえます。 つまり、〈延命〉は、少なくとも生命倫理学の勃興以降では、常に安楽死の対義語としてのみ登場する概念であったといえるのではないでしょうか。その意味で本書の第一部は、〈延命〉とは何であるとされているかについて、語義、歴史、思想、制度等の面から先行研究を 精査し再構成した萌芽的研究といえると思います。

 また本書で問題にするのは、医療者にとっての〈延命〉という論点です。「医療者にとっ て〈延命〉とは、制度化を受けて免責要件に応じた範囲で現場の仕事に反映させるという受 動的な側面だけでなく、患者の「終末期」や死をよきものにしたいという職業的矜持にかけ て自らを導き患者をも導く、という側面もある」(本書3頁)のです。第二部では、この点 に注目し、第一部でみてきた生命倫理学の先行研究を踏まえ、医療、とりわけ看護の現場に 着目しました。〈延命〉をめぐる看護とその倫理を概観することを通して、Advance Care Planning(ACP)に関与する看護の機能と倫理性を問う試みです。これは、看護職である著 者自らによる反省的な問題提起となっています。

 本書が、ACPなどに関連した諸制度の「構造を切開」(小松 2024)し、職業倫理を批判的 に検討したことが、今後の議論の「足場」(香川2024)となり、「一石を投じ」(鶴若 2024)、「貴重な気づき」(塚原 2024)となれば幸いです。どうぞ忌憚のないご意見ご批判 をお願いいたします。

本書の目次については次をご参照ください。
https://www.koyoshobo.co.jp/book/b642740.html

香川知晶, 2024, 「ACP推進の流れの中で—―医療・看護はどうあるべきか」『週刊読書人 』(3541), 2024年5月31.
小松美彦, 2024, 「2024年上半期読書アンケート」『図書新聞』(3649), 2024年7月27日.
塚原東吾, 2024, 「2024年上半期の収穫から」『週刊読書人』(3549), 2024年7月26日.
鶴若麻理, 2024, 「看護倫理の新たな地平――なぜ現代社会において「生」が否定的に捉えら れることがあるのか、根本的な再考を迫る」『図書新聞』(3653), 2024年8月31日.

柏﨑郁子(東京女子医科大学看護学部)