本書は、日本学術会議哲学委員会主催の公開シンポジウム「コロナ禍における人間の尊厳―危機に向き合って―」(2021年12月)を基に編まれた論集である。執筆には多くの本学会会員も参加し、「人間の尊厳」概念を軸にコロナ・トリアージとパンデミックで浮上した諸問題を多角的に検討している。ここでは本論各章をごく簡単に紹介したい(*は本学会会員)。
 第1章「コロナ・パンデミックと人間の尊厳」(加藤泰史)は主にドイツにおける議論をたどり、コロナ過で「人間の尊厳」がなぜ問われるのか、また何を問うべきなのかを明らかにする。第2章「終末期(人生の最終段階)における治療の選択と「尊厳ある人生の終わりを迎える権利」とは――フランスにおけるCovid-19禍のもたらした「死と尊厳」の再検討の動きから」(建石真公子*)はコロナ禍で高まったフランスでの終末期医療をめぐる議論を「死と尊厳」の関連から分析する。
 続く第3章「危機に瀕する人間の尊厳――臨床の現場から」(齊尾武郎*)、第4章「コロナ禍で障害のある人と家族が体験していること」(児玉真美)は現場の経験を踏まえた論考で、トリアージの議論の多くが医療従事者に生じる苦悩・葛藤に応えていないこと、また、パンデミックは高齢者さらには障害者を社会や医療から排除しようとする根深く潜在してきた傾向の顕在化にすぎないことを指摘する。また、美馬達哉*以下、立命館大学の研究グループ(姫野友紀子、川口有美子*、鍾宜錚*、柏﨑郁子*、田中美穂*)による第5章「人工呼吸器のモテ期と人間の尊厳――閉じ込め症候群の人びとは何を感じたか」はアンケート調査を通して、「モテ期」を迎えた人工呼吸器を実際に使う人びとのコロナ禍に対する複雑な思いを教えている。
 さらに第6章「倫理学の立場から」(香川知晶*)はコロナ過でも論点となってきた本人意思による決定という原則の隠す他律性を検討し、第7章「人間の尊厳とトリアージ――キリスト教思想からの応答」(土井健司*)はキリスト教思想史に裏打ちされた「人間の尊厳」理解を踏まえた上で、多くのコロナ・トリアージ論が内包する錯誤を剔出する。
 以上の本論に「発刊に寄せて」(日本学術会議会長・梶田隆章)、「はじめに」(香川)、「あとがき」(土井)も付されている。こうした本書にはコロナ禍の経験を考えるうえで刺激的な多くの論点が見いだせるはずである。
 なお、本書の出発点となったシンポジウムは学術会議哲学委員会「いのちと心を考える分科会」が主催し、本学会の基礎理論部会も共催したシンポジウム「コロナ禍におけるトリアージの問題―世界の事例から日本を考察する―」(2021年8月)を受けたものだが、後者については『コロナ禍とトリアージを問う―社会が命を選別するということ―』(土井健司・田坂さつき・加藤泰史編著、2022、青弓社)がすでに刊行されている。関心のある方は合わせて参照いただきたい。

香川 知晶(山梨大学)