EthicsにSlowを組み合わせた「スローエシックス」は、6つの要素―「感受性」「連帯」「スペース」「持続可能性」「学問」「物語」をもつ。それぞれについて、実際にあったケアの「物語」 を中心に考察し、効率や新規性が重視される医療・ケアとその倫理を、「目先に囚われずに深く状況を見る」、「過去の知に立ち返る」、また「持続可能な」ものへと進めていくよう 呼びかける。その主張を、日本の小説を含む多数の文献から裏付けている。

・要素「感受性」は、日本の看護師の物語から始まる。患者は、がんの疼痛と不眠に苦しみ看護師や家族を遠ざけていた。深夜帯、看護師は患者に「お茶でもしますか?」とナースステーションに誘う。静けさの中、無言でお茶を共にしながら、患者は看護師に心を開き、気持ちを語り始める。

・要素「連帯」の物語は、タスキギー梅毒研究事件と、その道徳的な償いの歴史を示す。この実験を40年間実施した米国公衆衛生局の医師たちについて、「人はなぜこういうことをなしうるのか」と著者は問い、そしてなお、この事件の助手をつとめ、加害者と見なしうる看護師 リバースに思いを寄せる。

・要素「スペース」では、ケア従事者たちが大学に設置された教育用ケア提供施設に「模擬入居者」として入所し、ケアを受けた体験を語る。モラル・スペースの重要性と、そのために倫理学者が果たしうる役割へと考察が進む。

・要素「持続可能性」は、地球環境だけでなく、ケアにおいても極めて重要である。物語は、衰弱した老犬ベラと、ベラを仔犬の時から診察してきた獣医師、そしてベラの飼い主で妻を亡くしたばかりの老人を描く。獣医師は、自分がもっている関係、すなわち、自分自身、患者 ベラとその家族、他の専門家との関係を、確実に持続可能なものにするにはどうすれよいかを、ケアの価値や徳を元に考えぬいていく。

・要素「学問」では、あらゆるケアを拒否し、周囲に(排泄物の)物凄い悪臭を放っている患者をめぐって臨床倫理委員会が開かれていた。患者の判断能力を問う倫理学者たちに看護師は、「もしある人が入浴やその他のケアを拒否すると、影響は本人だけでなく、他の患者や他の人々の健康や生活に及びます。看護ケアは医学的行為と違い一筋縄ではいかないのです」と言う。

・要素「物語」では、若者が見知らぬ人を助けた体験の語りから、「善きサマリア人」の寓話や超義務(supererogation)へと考察が進む。そして、「物語は我々に働きかけ、それによって我々は、何が行なうに値することか、あるいは、避けなくてはいけないことかが見えるようになる」で閉じられる。

小西 恵美子(鹿児島大学医学部)