〈カトリック=プロライフ〉を前提とした論稿は多くあります。世界に13億人以上いる信徒をそんな単純にくくっていいのでしょうか?さらに、聖職者の言うことを聞かなければならないという強権性を強調したり、その「伝統的」な教えを古臭いものとしたりする論もあります。そんな強権的で変化のない宗教が2000年以上残ることができるでしょうか?本書は、そんなことはないだろうという直観を補強することができる一冊となっていると思います。
とりわけ、本邦の中絶に関する議論において、カトリックの教えの歴史やその影響力を詳らかに記述するものはほとんどありませんでした。本書は①カトリックの中絶に関する教えの変遷、②カトリックの中絶問題と生命倫理学の誕生や米国のリベラル・カトリック政治家の行動に大きな影響を与えていること、③「(カトリック信徒である)個人として中絶に反対」だが、制度化して非カトリック信徒に強要することにも反対(=公的には選択できる社会を擁護=プロチョイス)という立場があること、④カトリックの中絶を巡る議論は〈(胎児の)生存権⇔(女性の)選択権〉という権利の対立ではなく〈殺人〉公安の問題⇔(他者に強要しない)寛容〉という寛容論の議論における対立があることなどを明らかにしています。これにより、今後より精緻な議論を可能にする一助となれば幸いです。
目次
まえがき
序章 プロチョイスのカトリック信徒に関する研究をすることと本書の概要
1 先行研究
2 本書の目的及び概要
第1部 中絶に関するカトリックの教説の変遷
第1章 第二バチカン公会議までの教説
1 中絶と避妊に関する教説の前史――ジョン・ヌーナンの教説史研究
2 二十世紀初期の教説――十九世紀後半から旧『教会法典』(一九一七年)まで
3 回勅『貞潔な結婚 Casti Connubii』(一九三〇年)
4 第二バチカン公会議(一九六二年〜一九六五年)まで
5 第二バチカン公会議(一九六二年〜一九六五年)
第2章 『堕胎に関する教理聖省の宣言』(一九七四年)
1 中絶の合法化
2 ハンディキャップを持つ子供
3 産児調節
4 権利
5 科学と倫理
第3章 回勅『いのちの福音』(一九九五年)
1 生まれていない人間
2 中絶・幼児殺し
3 夫婦以外の出産と育児に関わる人・組織
4 市⺠法と道徳法
第1部まとめ
第2部 アメリカのリベラル・カトリックと中絶問題
第4章 ケネディ大統領からバイデン大統領の軌跡――リベラル・カトリックの系譜と一九八四年大統領選挙の位
置づけ
1 ケネディ政権の誕生と第二バチカン公会議
2 諮問委員会とヘイスティングス・センター――生命倫理学の誕生と世俗化
3 一九八四年大統領選挙――女性初の副大統領候補とカトリックの中絶問題
4 一九八四年大統領選挙終了後からバイデン政権までの変化と影響
5 おわりに
第5章 女性初の副大統領候補とカトリックの中絶問題――一九八四年大統領選挙
1 女性初の副大統領候補選出の背景
2 大統領選中の声明広告掲載までの経過
3 声明広告の作成の経緯と内容
4 声明広告掲載後
5 おわりに
第6章 マリオ・クオモの演説
1 演説の社会背景
2 演説の内容
3 演説後の社会の反響
4 演説への反論とそれに対するクオモの応答
5 おわりに
第2部まとめ
第3部 カトリック信徒でプロチョイスであるということ
第7章 リベラル・カトリックと世俗化
1 キャラハンと政治家(ケネディとクオモ)の方向性/必要の違い
2 ジョン・コートニー・マレー
3 コックス『世俗都市』
4 クオモの葛藤とホセ・カサノヴァの公共宗教論
5 まとめ
第8章 クオモの演説とロールズの政治的リベラリズム
1 違いと比較する理由
2 公共的理性の理念
3 重なり合うコンセンサス
4 バーナーディン枢機卿のシームレスガーメント
5 ロールズ「私の宗教観について」
6 まとめ
終章 クオモの演説と寛容論
1 三人の寛容論者とクオモの演説の共通点
2 『信教の自由に関する宣言』
3 寛容のパラドックス
4 現代の寛容論におけるクオモの演説の扱い
5 結論
補遺1 CFC/CFFCの主張
1 フェミニスト神学の観点
2 胎児は人格ではない
3 個人の選択
4 カトリック信徒の投票選択
5 司教協議会からの批判とCFC/CFFCの戦略
6 CFC/CFFCの各論者の主張の特徴及びフェミニスト神学教育
補遺2 『中絶とカトリシズム』の多様性
1 政治/公共領域における主張
2 フェミニストの主張
3 シームレスガーメント――バーナーディン枢機卿の「生命の一貫した倫理」
4 おわりに
補遺3 現在のカトリックの教説と中絶の是非
1 胎児の生命と女性の人権ではなく、公安の問題か否か
2 中絶は無前提に善であるという主張はない
出版社による紹介ページ:https://www.nakanishiya.co.jp/book/b10136738.html
情報提供: 池端 祐一朗(人と防災未来センター)