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  • G01. ジョイス『ダブリナーズ』における友愛とケア
      徳永純(狭山神経内科病院)
  • G02. 医療的ケア児の参加及び地域共生にかかわるインクルーシブ教育支援と課題: 公立小・中学校における「教科担任制」に関する検討を中心に
      山本智子(国立音楽大学)

演者報告

ジョイス『ダブリナーズ』における友愛とケア
徳永純(狭山神経内科病院)

 ジェイムズ・ジョイスの文学作品について、ケアの倫理の視点から新しい解釈を試みた。『ダブリナーズ』は「麻痺と停滞」の文学と言われ、20世紀初頭のアイルランド社会と、その精神的、文化的支柱となっているカトリック教会に対する批判をアイロニカルに展開した初期の短編集である。脳卒中を患う老神父の死に際を描いた「姉妹」は、ケアに当たる家族と患者とが通じ合えない様子が語られる。この物語は第三者である少年の視点で描かれているが、ケアの倫理の視点に立つと、ケアする側、される側が通じ合えないことを重苦しく示すのに効果的だったと言える。「恩寵」はアルコール使用障害の中年男性を立ち直らせるために、友人たちが説得し連れ立って教会の儀式に赴く物語である。ノディングズを援用すれば、友人たちの態度は男性的な「理詰め」の倫理に他ならない。ケアされる側に共感し、理解を示しながら解決を探るようなケアリングの理想からは距離があるが、一方で、ここに描かれた友愛はコミカルな温かさも感じさせる。ジョイス作品はケアの負の側面を多彩に描き出しており、今日にも通底する課題を克明に描き出した作品として、読み直されるべきだろう。

医療的ケア児の参加及び地域共生にかかわるインクルーシブ教育支援と課題: 公立小・中学校における「教科担任制」に関する検討を中心に
山本智子(国立音楽大学)

 日本では、2022年度から、全国の公立小学校の5年生から6年生の高学年において、教科担任制が導入されています。教科担任制とは、学級担任制と異なり、特定の教科を担当する教職員が複数の学級を担当する制度です。小学校で推進する意義として、専門性の高い教科指導を通じて教育のさらなる質の向上に加え、教職員の負担を軽減することによる学校教育活動の充実、複数の教職員による子どもの多面的な理解、小・中学校間の連携の促進等が挙げられます。先行研究では、実践に係る特性、教職員の意識及び課題に関して報告され、小・中学校の文化や制度に与える影響や課題等に関して指摘されました。本報告では、公立中学校における教科担任制による教育実践例をふまえて、公立小学校における教科担任制が医療的ケア児の参加・地域共生支援に係るインクルーシブ教育の推進に与えうる影響及び課題に関して検討しました。

 報告では、第一に、公立小学校では、「学級担任間」、「専科教職員を加配」、「学級担任と専科教職員が一緒に授業を実施」、「近隣の中学校の教職員が小学校の教科担当制の対象になる授業を担当」する形態がみられることを示しました。

 第二に音楽、家庭の他、小学校の教科担任制で優先的に導入されることになった体育、理科に関して以下の実践が報告されていることを示しました。

  • 音楽:医療専門職と連携・協働し人工呼吸器管理が必要な医療的ケア児がリコーダーを演奏する授業を実施。
  • 家庭:医療的ケア児が臥床する寝台にミシンを設置して作品製作等を実施。
  • 体育:陸上競技、水泳等を実施。
  • 理科:医療的ケア児が臥床する寝台に顕微鏡やICT(情報通信技術)機器を設置し観察や記録学習等を実施。

 以上の結果に基づきまして、本報告では、学級担任と一緒に授業を実施する場合、実践を通して教育の内容や方法が共有されたり、相互的に発展させる関係や環境を促進させたりすることに期待されることを示しました。また、中学校の教職員が担当する場合、医療専門職等の多様な専門職を含む小・中学校間の連携・協働が促進すると共に、小学校から中学校への医療的ケア児の移行支援にも役立つと考えられることを指摘しました。そのうえで、このような教育実践を通して、医療的ケア児を含む子どもや教育に係る多面的な理解が進むために、教職員の十分な配置や、医療専門職を含む多様な専門職との役割分担により、教育実践に係る負担が偏ることがないことが求められると結論づけました。