オンデマンド配信

  • E01. 慢性腎臓病患者と医師は腎代替療法選択に向けた話し合いで何を大切にしているかー患者と医師の価値観とそのズレを探る
      宇野澤千尋(聖路加国際大学大学院)
      鶴若麻理(聖路加国際大学)
  • E02. アドバンス・ケア・プランニングにおけるエフェクチュエーションの適用可能性
      角田ますみ(杏林大学保健学部)
      吉田満梨(神戸大学大学院経営学研究科・経営学部)
  • E03. 地域における臨床倫理コンサルテーションに関する実態調査―都道府県医師会および看護協会を対象とした実態調査―
      三浦靖彦(東京慈恵会医科大学附属柏病院総合診療部)
      堂囿俊彦(静岡大学学術院人文社会科学領域)
      長尾式子(北里大学看護学部)
      神谷惠子(神谷法律事務所)
      竹下啓(東海大学医学部基盤診療学系医療倫理学領域)
  • E04. 難しい医学研究用語をわかりやすく―CReP・一般の立場委員による解説文案作成の試み
      神里彩子(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター生命倫理研究分野)
      洪賢秀(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター生命倫理研究分野)
      有澤和代(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター生命倫理研究分野)
  • E05. 輸血拒否と治療拒否,診療拒否
      伊藤暢章(バルサム法律事務所)
      前田義郎(産業医科大学医学部哲学概論)
  • E06. 関係的自律の理論に基づいた人生の最終段階における自律の尊重に関する考察
      園山純代(島根県立大学)
  • E07. 臨床倫理とは何か
      服部健司(群馬大学大学院医学系研究科医学哲学・倫理学)
  • E08. 病院の看護倫理研修担当責任者が捉える倫理研修の課題
      中尾久子(第一薬科大学)
      金岡麻希(宮崎大学医学部看護学科)
      潮みゆき(福岡女学院看護大学)
      木下由美子(宮崎大学医学部看護学科)
  • E09. 医師のダブルエージェント(double agent)性について
      齋藤信也(岡山大学大学院保健学研究科)
  • E10. 臨床倫理の専門部署に専従の臨床倫理コンサルタント(医師)が配置されたことによる変化 と今後の課題
      新井奈々(東京大学医学部附属病院)
      瀧本禎之(東京大学医学部附属病院、東京大学大学院医学系研究科医療倫理学)

演者報告

アドバンス・ケア・プランニングにおけるエフェクチュエーションの適用可能性
角田ますみ(杏林大学保健学部)
吉田満梨(神戸大学大学院経営学研究科・経営学部)

 本発表では、経営学の意思決定理論であるエフェクチュエーション(EFF)のアドバンス・ケア・プランニング(ACP)への適用可能性を検討し、EFFがACPのような意思決定支援に有用であることを明らかにした。

 ACPは予測合理性に基づいた医療をベースとしているが、実際のところ、将来における患者の意向を予測することは難しい。EFFとは、不確実性が高く予測不能な状況下において事業を成功させている起業家の思考様式である。将来予測の代わりに、意思決定における5つの原則を用いて、不確実な未来のコントロールを試みるところに特徴がある。

 EFFの適用性を検討した結果、ACPでもEFFが有効となる問題空間(Knightの不確実性、目的の曖昧性、環境の等方性)を有しており、ACPにEFFを用いることで何らかの効果を期待することができると考えられた。また、ACPの支援事例を用いて適用性を検討したところ、すでに医療現場ではEFFと類似した考え方を使って問題解決を図っており、EFFの思考過程はACPと親和性があると考えられた。 

 これらにより、EFFがACPに適用可能であり、またEFFを活用することで、ACPにおける新たな選択肢や支援方法の創出、EFFと予測合理性に基づく思考様式の併用による相乗効果、患者や家族の価値観の可視化などの効果が期待でき、EFFがACPに新たなアプローチ方法を提示できる可能性が示唆された。

難しい医学研究用語をわかりやすく―CReP・一般の立場委員による解説文案作成の試み
神里彩子(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター生命倫理研究分野)
洪賢秀(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター生命倫理研究分野)
有澤和代(東京大学医科学研究所 先端医療研究センター生命倫理研究分野)

 神里らが行った一般市民を対象としたアンケート調査では、医学研究用語の認知度や理解度は低く、用語自体の説明が必要であることが示された1)。インターネットで検索すれば情報を得ることはできるが、用語に初めて触れる人には難しいものが多い。そこで、我々は、2020年度は倫理審査専門職であるCReP(Certified Research Ethics Committee Professionals)と共に「介入研究」、「プラセボ」、「無作為割付試験」、「二重盲検試験」について、2021年度はCReP及び倫理審査委員会の「一般の立場から意見を述べることのできる者」(以下、一般の立場委員)と共に「疫学研究」「コホート研究」について、解説文案を作成する試みを行った。

 この取組みを通じて、6つの用語の解説文案を作成できたが、加えて、

  • 説明文に組み込むことのできる「簡易版」と、より丁寧に解説をする「詳細版」の2種類があったほうがよい
  • 「詳細版」は用語集にまとめ、研究者等が研究対象者に提示できるような形態がよい
  • 一般の立場委員との協同作業により、一般市民が理解できるような具体的な改善案を得ることができる

という方法論に関する知見も得ることができた。今後もCReP及び一般の立場委員と共に用語の解説文を作成、改善する作業を行いたい。

1)「医学研究用語に対する一般市民の認知度・理解度調査 ― インターネット調査結果からの考察 ―」臨床薬理第51巻第4号pp.187-198、2020.7

関係的自律の理論に基づいた人生の最終段階における自律の尊重に関する考察
園山純代(島根県立大学)

 従来の個人主義的な自律尊重の原理は、社会的な関係から独立して自由に選択をする人のみを前提とし、その選択を尊重するというものであった。しかし、人生の最終段階における意思決定では、個人主義的な自律尊重の原理に即して患者の自律を考えることは困難な場合もあると考えられる。そこで、個人主義的な自律理論に批判的な立場をとる、関係的自律理論を検討することを通して、人生の最終段階における自律的な意思決定を考察する。フェミニストによって再概念化された関係的自律理論は、人は関係性の中で形成され、関係性の中で意思決定をすることを前提としている。関係的自律理論の中でも「強い実質的概念」は、選択の内容によってその選択が自律的であるか否かを判断することから、パターナリスティックな判断になる可能性がある。「手続き的概念」の論者であるフリードマンの自律の条件に従う場合、行為主体者の信念や価値を反省し、その反省に基づいて選好を形成するというプロセスを重視する。患者のおかれている状況を踏まえた上で、自己反省の過程を重視することを通して、意思決定に他者の影響を受けやすい人の選択を、自律的な選択として尊重できる可能性が高くなると考えられる。

臨床倫理とは何か
服部健司(群馬大学大学院医学系研究科医学哲学・倫理学)

 発表者が医学生たちに臨床倫理学を教え始めて 23 年になる。2 年目で講義型から学生参加型ケーススタディ中心へと授業スタイルを変え、その後ほどなくして物語ケースからドラマケースへとケースの提示法を変えるなど工夫を重ねてきた。自作のドラマケースを用いることで、ケースのナレーターなどいない臨床現場にいっそう近いところまで学生たちを運び寄せることができたと自負していた。非言語的な、表情や仕草、声のトーンの微細な変化等が、当のケースの当事者たちの心のありようを表し、それらを読み取る感性と想像力を鍛えることが学生にとって重要な課題であり、またドラマケースを用いずにその修練を重ねることは困難をきわめる、そう考えていた。ところが 3 年前に、臨床倫理学の関連科目として、身体表現系の単元を多く含んだ新規科目の設置を企画し、運営に科目責任者として関わったことが契機となり、自身の教育実践と、臨床倫理の捉え方が大きく揺らいだ。これまでの学生参加熟議型ケーススタディ中心の授業では、たとえドラマケースを用いたとしても、そうすることによって感性や想像力をみがく一助たりえたとしても、結局のところいわば傍観者あるいは評論家然とした態度を学生に植え付けてきたのではないか。かかるアプローチで差し出される臨床倫理は、体裁よく表現したとしても in vitro な臨床倫理であり、in vivo のそれからは遠く離れており、臨床を冠するに値しないし、もし冠するとすれば形容矛盾ではないのか。本来的な、真の臨床倫理は、関係当事者たちのただ中に身をおき、逆戻しも再生も熟議も果たせない、待ったなしのライブの関わり・やりとりの中、緊迫したその場での医療者の言動に即座に直接表出されてしまうものとしてあるのではないのか。本発表ではこうして臨床倫理の捉え直しと教育法の転換を提案した。その要点は、即興性と身体性の重視にある。

病院の看護倫理研修担当責任者が捉える倫理研修の課題
中尾久子(第一薬科大学)
金岡麻希(宮崎大学医学部看護学科)
潮みゆき(福岡女学院看護大学)
木下由美子(宮崎大学医学部看護学科)

 医療の高度化・複雑化、人々の権利意識の高まりの中で、看護師は対応の難しい倫理的問題に直面する機会が増えている。安全で質が高い看護実践には倫理研修が必要だが評価は難しいと考えられる。病院の倫理研修担当者の倫理研修の必要性と実態、評価に関する考えや取組の実態を明らかにする。

 倫理研修担当者を対象に倫理研修の必要性、研修内容・方法と課題、評価と課題について半構成的面接調査を行い内容の整理を行った。

 倫理研修担当者7名の面接から次の点が明らかになった。1.倫理研修については全員が必要性を強く感じ、特に新人看護師の入職後に実施していた。方法は全看護職対象の集合研修、集合研修と部署のカンファレンス等で、内容は日常の実践場面で遭遇する事例検討の希望が多かった。課題では多忙な中での研修時間の確保、目前の課題優先があり、一部の病院では院内外でe-learning教材利用可能な環境を整えていた。2.研修の評価は対象者の所属施設、設置主体で異なり、評価基準は病院グループの評価基準、病院独自の評価等で異なっていた。評価者、評価項目、評価方法、評価の時期等も様々だった。課題では研修受講と看護師の感受性・行動が変化の関連が不明、自己評価と実践の関連が不明等の意見があった。評価については更に情報収集と検討が必要である。 

医師のダブルエージェント(double agent)性について
齋藤信也(岡山大学大学院保健学研究科)

 医師は患者のことを第一に考え、患者のエージェントに徹するべきとされている。一方で医師は、社会のエージェントとし て、診療行為が社会全体に及ぼす影響にも配慮すべきであるという意見も強い。こうした医師の中での、対立する役割を称して、「医師=ダブルエージェント論」と呼ぶことがある。このダブルエージェント性について、医師がそれをどのように認識しているのかを明らかにすることを目的に研究を行った。回答者は、248人であり、日常の診療の中で、医療財政への負担 や、治療の費用対効果のことを「いつも考えている」が61人(24.6%)、「しばしば考える」 が142人(57.3%)であった。また、純粋な医学的判断以外に、その 医療にかかる費用のことを「いつも考慮する」が36人(14.5%)、「しばしば考慮する」が151人(60.9%)であった。一方でダブルエージェントという用語を「聞いたことがない」との回答が170人(68.5%)であったその説明後には、「医師にはダブルエージェント性がある」ことを肯定したものが210人(84.7%)となっていた。以上の結果から、我が国の医師の大半は、患者のエージェントと社会のエージェントの両方の役割を担わざるを得ないことをはっきりと認識して いることが明らかとなった。

臨床倫理の専門部署に専従の臨床倫理コンサルタント(医師)が配置されたことによる変化 と今後の課題
新井奈々(東京大学医学部附属病院)
瀧本禎之(東京大学医学部附属病院、東京大学大学院医学系研究科医療倫理学)

 東京大学医学部附属病院の患者相談・臨床倫理センター(以下「センター」という。)は、平成19年より、診療とは独立して現場に密着し、迅速に問題を解決する米国式のスタイルで臨床倫理コンサルテーション(CEC)を提供してきた。長らく、同大学院医療倫理学教員や院生がボランティアでCECを提供してきたが、年100件を越える相談件数を抱え、サービスを安定的に維持することは容易ではなかった。また、病院内に常駐しておらず、診療録の参照やカンファレンス参加等、臨機応変に対応する機動性に欠くこともあった。ここ数年間の人員配置の嘆願が実り、2022年度に病院内の専従臨床倫理コンサルタント(医師職)の人員配置が達成されたため、新たな取り組みや変化について発表した。

 新配置による取り組みや変化は、①機動性の増加:カンファレンスや患者説明への即時対応、患者相談員の対応困難事例へのリアルタイムなアドバイス、②教育体制の充実:学生の見学院生コンサルタントへの体形的な教育・院内勉強会、③倫理ラウンドの実施、④電子カルテでの運用、⑥各種院内委員会への参加:幅広い活動を通じ、倫理的問題の把握をする、の5つである。残る課題は、夜間や休日対応、大学生の院内ローテーションへの対応、専従医師がいることの院内周知が不足している点、であった。