オンデマンド配信
- C02. AI医療における生命倫理
位田隆一(一般社団法人国立大学協会) - C03. 非医学的対処可能性に基づく偶発的所見返却の検討
大橋範子(大阪大学データビリティフロンティア機構) - C04. ヒト脳オルガノイド研究に対する市民の態度:実証的研究の現状と展望
片岡雅知(広島大学大学院人間社会科学研究科)
澤井努(広島大学大学院人間社会科学研究科)
演者報告
AI医療における生命倫理
位田隆一(一般社団法人国立大学協会)
AI(人工知能)の医療分野への応用は著しい進展があるが、AI自体が発展途上であり、医療において何をどこまでできるのか明らかでない。本発表はAIの生命倫理の全体像把握の試みである。
AI医療は、診断から治療まで、さらに予防、支援、創薬、そして医療システム全体に及んでいる。今後AIの利活用が見込まれる分野としては、ゲノム・オミックス解析、画像診断支援、診断・治療支援、手術等支援、医薬品開発、予防医療、介護・福祉、その他医療周辺領域と多様である。今後はAIの用いるデータは、もはや個人情報保護の範疇を超えて、「情報の総体としての人体」の観点からデータの活用とそれに伴うリスク、医療システムの中の情報の取り扱い自体を問題にせざるを得ない。また、AIとの関係における医師の主体性、判断のアカウンタビリティ、そしてAIの責任(ResponsibilityとLiability)を検討する必要がある。
AIの医療利用は、既存の生命倫理原則の限界、インフォームド・コンセント概念の妥当性、透明性・説明可能性と責任、そして医療における人間(医師、患者)とAIの関係といった根本問題の検討を迫っており、究極的には、人間中心の生命倫理を如何にしてどこまで貫くか、が課題となる。(494字)
非医学的対処可能性に基づく偶発的所見返却の検討
大橋範子(大阪大学データビリティフロンティア機構)
ゲノム・遺伝子解析技術の目覚ましい進歩とその普及に伴い、我々は新たな倫理的・法的・社会的課題に直面することとなった。その一つが全ゲノム解析などの網羅的解析で判明する偶発的所見(incidental findings: IF)の返却をめぐるものである。
この問題については、クリニカルシークエンスに関してACMG(American College of Medical Genetics and Genomics)が、返却を推奨する疾患・遺伝子リストを発表するなど、国内外で盛んに議論・検討が行われてきたが、従来の議論では、返却の可否を判断するにあたって検討されるのは、解析の精度・信頼性、返却する側の体制整備状況等とともに、「医学的対処可能性」(予防や治療といった医学的介入が可能であること)であった。
しかし、医学的対処可能性がない、すなわち偶発的所見を知らされることが医学的利益につながらない場合であっても、人生設計上(結婚、職業選択、生殖等)の自己決定をするために、あるいは残された人生を有意義に生きるために、偶発的所見が判明した場合には知りたいと考える者も少なくはない。また、診断の難しい疾患の場合、予防や治療が不可能であったとしても、発症可能性を予め知ることで、発症した時に、diagnostic odyssey(診断をつけるための終わりなき旅)を回避でき、医療費助成等の公的支援制度に速やかにアクセスできるなど、精神的・経済的負担の軽減につながりうる。疾患によっては、将来、介護や後見人が必要になることもあるが、早いうちからそうした準備を進めておくことも可能になるであろう。さらに、第三者の安全という観点からの対処可能性も考えられる(※)。
もっともこれらの非医学的対処可能性の評価は、その指標が各人の価値観やその者を取り巻く家庭の事情といった主観的・個別的なものによることも多く、医学的対処可能性よりさらに複雑で難しいものとなる。
本発表では、こうした様々な観点からの非医学的対処可能性について分類したうえで、それらの論点を抽出・整理し、返却に向けての課題とそれに対する解決の方策を論じた。
※遺伝性の不整脈の中には、健康だった人が何の予兆もなく突然意識を失う(突然の失神や突然死)という形で発症するものがある。このような症状が運転中に起これば、本人だけでなく他者も巻き込む大きな事故につながる可能性があるが、予め疾患の発症可能性を知っていれば自動車の運転や免許取得を控える等により、自他の安全に役立つ可能性がある。