2022年11月20日(日) 11:10~12:40
Zoom1 オンライン(ライブ配信)
オーガナイザー
徳永純(狭山神経内科病院・群馬大学)
報告者
服部健司(群馬大学)
徳永純(狭山神経内科病院・群馬大学)
キーワード
臨床倫理、文学、解釈、理解の多様
報告
文学テクストに触れ読みを深める修練は、臨床倫理ケースを理解する力を涵養するものであり、本来医療者に欠かせない。だが本邦では臨床倫理教育の方法として文芸作品の読解が定着しているとは言い難い。そこで実際に短編小説を読み、ディスカッションを行う文芸読書会をワークショップとして開催した。
冒頭、服部健司氏は、「すべてのケースは物語であり、物語は解釈なしには受けとることができないが、意見交換を通して解釈は変わりうる」とし、教育現場では「描写が省かれた短編小説や、子供の頃に読んだことのある童話が使いやすい」ことを報告した。実際に、様々な解釈を呼び起こすヘミングウェイの短編を例示した。続いて徳永は、勤務先の病院職員を集めて開催した読書会の様子を報告した。WCウィリアムズの医療短編小説を題材に、医療者と患者の衝突を巡って読みが別れ、気付きが得られたことを示した。
20人以上を集めたワークショップ参加者合同の読書会は、ほぼ参加者全員がそれぞれの読みを語り、意見を交換する場となった。取り上げたのは新美南吉の「ごんぎつね」である。子狐のごんが、兵十に対する自分のいたずらを反省し、兵十のもとに栗やマツタケを運ぶようになるが、兵十に撃たれてしまう。誰もが知る童話だが、数人の参加者に久々に読んだ印象を語ってもらい、議論を掘り下げていった。当初、「わかりあえる共通のものを持たないがゆえに起こる悲しい物語」という感想が聞かれ、「ごんは人間の子供なのではないか」といった読みも提示された。続いてごんのひとつひとつの行動を吟味し、ごんの孤独や好奇心について取り上げ、ごんがどのような狐であるかを語り合った。物語の終盤で唯一、ごんの視点から書かれた一文を確認し、撃たれた時には駆け寄る兵十の姿を見て、ごんはむしろ満足しきっていたのではないか、という読みが参加者から開陳された。当初の大方の読みから転換し、子供の頃抱いた印象とも大きく変わったということが話題となった。さらに実際の臨床の事例検討でも、多くの意見を出し合うことで見方が変わることがある、といった意見が出され、「臨床はまさに物語として展開するので、看護師に自分の事例を書いてもらう」といった教育方法に議論が及んだ。今回のワークショップで、臨床倫理教育における文学読解の意義や楽しさを共有でき、取り組みを広げる機運を醸成する一歩となったと考える。
徳永純(狭山神経内科病院・群馬大学)