2022年11月20日(日) 9:30~11:00
Zoom1 オンライン(ライブ配信)

オーガナイザー

四ノ宮成祥(防衛医科大学校)
三成寿作(京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門)

シンポジスト

花木賢一(国立感染症研究所安全実験管理部)
青野由利(科学ジャーナリスト/毎日新聞客員編集委員)
児玉聡(京都大学大学院文学研究科)
松尾真紀子(東京大学大学院公共政策学連携研究部)

キーワード

生命科学、ゲノム関連技術、感染症、デュアルユース、ガバナンス

報告

 昨今のCOVID-19の出現により、ゲノム解析技術に代表されるゲノム関連技術は感染症領域にますます応用され、ウイルスの特性や発症機序の解明、さらにはワクチンの開発等において有用性を発揮している。その一方、ウイルスのゲノム情報やウイルスの作製手法等といったウイルスに関する知見やその研究の取り扱い、感染症の流行や対策をめぐる社会的視座のあり方等に関しては、国内外を問わず、継続的な議論が必要とされる。本公募シンポジウムでは、昨年度の公募シンポジウム『先進生命科学技術のデュアルユース問題と倫理規範の在り方』を発展させる形で、感染症や公衆衛生、ガバナンスといった論点にまで視野を拡張した。本公募シンポジウムでは、オーガナイザーである四ノ宮・三成がその主旨や経緯について概説した後、4名のシンポジストが話題提供を行い、さらに指定発言者がそれぞれの話題に通底する見方を提示した。

 まずオーガナイザーの三成は、生命科学と感染症との接合に関する現実的な対応にむけては、1つの主要論点に対する多角的なアプローチのみならず、主要論点を拡大しながら他の論点との接続を図っていく手法も必要であるという見方を提示した。四ノ宮は、最近、発表した自身の書籍や論文、さらに2022年9月にWHOにより公表された報告書『Global guidance framework for the responsible use of the life sciences: Mitigating biorisks and governing dual-use research』の概要を報告した。

 国立感染症研究所安全実験管理部の花木賢一氏は、「感染症研究におけるデュアルユース性に関する教材の必要性」と題した話題提供を行った。2014年に日本学術会議が公表した提言『病原体研究に関するデュアルユース問題』においてデュアルユース性に関する教育環境の不十分性が指摘されていることを引き合いに、米国やカナダの事例を紹介しながら、新規にデュアルユース性を取り扱う教材を作成する必要性、さらには独自の教材制作に関する進捗状況について報告した。

 毎日新聞客員編集委員の青野由利氏は、「感染症研究のデュアルユース課題:メディアの視点から」と題した話題提供を行った。本領域に関心を抱いたきっかけは1918年に世界的に流行したインフルエンザ(スペイン風邪)のゲノム解析やその人工合成(再構成)の遂行であったこと、また米国のNSABBやWHOの見解を紹介しつつ、このような研究成果の学術論文での公表のあり方をめぐって様々な議論があったこと等について言及した。COVID-19の出現後には、その起源に関係し得る研究のあり方やコロナウイルスの組み換え実験のリスクをめぐる議論を、新たな論点として挙げた。

 京都大学大学院文学研究科の児玉聡氏は「Covid-19のパンデミックと二つの倫理」と題した話題提供を行った。主題である「二つの倫理」とは「平時の倫理」と「有事の倫理」であり、「平時に有事の倫理を考えることが非倫理的か」や「最悪の事態の想定の仕方」等を主要論点して挙げた。COVID-19の流行下でのICUへの入室制限や人工呼吸器の取り外し、米国での「平時」、「緊急時」、「危機的状況」といった医療体制の階層化、トリアージの限定的使用のあり方を例示しつつ、有事の倫理のあり方を問う必要性を提起した。

 東京大学大学院公共政策学連携研究部の松尾真紀子氏は、「健康危機対応における病原体とそのゲノム 情報にかかわる倫理的考慮事項をめぐるガバナンスの必要性」と題した話題提供を行った。主題は、「パンデミック対応における病原体とその遺伝情報の迅速な国際共有のためのメカニズムのあり方」であり、モノやデータの提供国側と、受領国側で結果的に得られるワクチンや診断薬、治療薬等の提供国側への配分の課題等について報告した。主たる論点として、多様な異なる目的・価値観と利害・インセンティブ確保等の調整、国際的な取り決め・ルール作りの整合性(WHOと生物多様性条約等)の確保を挙げた。

 指定発言者である、九州大学病院ARO 次世代医療センターの河原直人氏は、4名のシンポジストの論点を振り返りつつ、「バイオリスクマネジメント」に、「バイオセーフティ」や「バイオセキュリティ」に加え、「バイオエシックス」を内包する見方があることを支持するとともに、「バイオセーフティ」と「バイオセキュリティ」とを横断して両者の調整を担う意味でも「バイオエシックス」のさらなる認識と強調が重要であることについて言及した。

 総合討論では、デュアルユースに関する論点についての学術領域や社会における意識の軽薄化・無関心化に関して意見交換を行った。特別な事案がない限りは、このような課題への注意が払われなくなる傾向があるため、研究者には本領域における基本的な教育の喚起を、社会に対しては本領域のみならず関連領域も含めつつ積極的な情報発信を、それぞれ行っていくことの必要性を確認した。加えて、国際的な文脈での公平さや公正さを確保することの困難さ、有事と平時におけるそのような基準の調整のあり方等についても議論した。

四ノ宮成祥(防衛医科大学校)
三成寿作(京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門)