2022年11月19日(土) 16:20~17:50
Zoom1 オンライン(ライブ配信)
オーガナイザー
小出泰士(芝浦工業大学)
提題
- 再考「着床前遺伝学的検査は人間の尊厳と両立可能か」
盛永審一郎(小松大学大学院) - ヒト胚研究に対する規制と「人間の尊厳」の原理―フランス憲法院の判例に基づく考察―
小林真紀(愛知大学) - 「原則禁止だが例外的に容認」は、倫理的に正しいか
小出泰士(芝浦工業大学)
キーワード
人の生命の萌芽、新規胚、14日ルール、着床前診断、人間の尊厳
報告
近年、技術の進展に伴い、世界的にヒト胚の取扱いに関する規制が徐々に緩和されてきている。わが国でも、「人の尊厳」に配慮して、「ヒト受精胚を特に尊重して取扱うことが不可欠」としながらも、条件付きでヒト胚研究や着床前診断が容認されている。国際幹細胞学会も、2021年のガイドライン改正で、いわゆる14日ルールを廃止した。日本、ドイツ、フランスの現状を踏まえて、改めてヒト胚と人間の尊厳について考えたい。
(盛永報告)
ハーバーマスは、「人間の尊厳という論拠を、人間の生命の始まりに適用させることは、誰をも絶対的に納得させることは不可能」として尊厳議論から撤退し、新たに「統合性Integrity」という観点からPGTの是非を論じる。すると、遺伝子を修繕あるいは改変するための診断としてのPGTは、統合性を侵害するものである故に、不育症のPGT-A /SRも許容できないとなる。しかし、胚が100%胎児として育たず、流産するならば、「胎児の保護」対「女性の自己決定権」の葛藤の問題となり、不育症の受精卵の選別のPGT-A /SRは可能と考えられる。但し、受精胚が壊れて「もの」となっているからではない。あくまでも、受精胚に対しては二人称として、治療的関係として関わる態度が必要だ。
(小林報告)
ヒト胚研究規制について生命倫理法による明確な枠組みを整備してきたフランスを例にとり、憲法院による改正法に関する合憲性審査のなかで「人間の尊厳」の原理がどのような役割を果たしてきたかという点について考察した。その結果、複数の判例の分析から、法原理としての「人間の尊厳」は、胚研究に対する規制緩和の「歯止め」というよりはむしろ(緩和の)「お墨付き」として捉えられることを導き出した。とりわけ2021年改正法によって胚研究が認められる範囲は相当に拡大されたにもかかわらず、これについて憲法院は「人間の尊厳」の原理を援用した踏み込んだ審査を行わないまま合憲判断を下している。したがって、法で認められるべきヒト胚研究の目的には一定の限界があると認めることを、憲法院自身が放棄したことにならないか、再考する必要があるといえる。
(小出報告)
わが国では、研究のためにヒト受精胚を損なわないこと及び新規胚を作成しないことを原則としつつも、科学的合理性と社会的妥当性を条件に、例外的にヒト胚研究を容認している。フランスでも、人間の尊厳の侵害を禁止し、その生命の始まりから尊重するとしながらも、医学目的を条件にヒト胚研究を容認している。もっともフランスでは、研究用の新規胚作成は依然として禁止している。こうした原則禁止だが例外的に容認という論理自体は筋が通っており、将来に向けた研究の重要性、必要性は言うまでもない。だが、比較不可能な無限の価値を有する人間の尊厳という哲学的含意が忘却された時、人の生命の萌芽であるヒト受精胚は、単なる研究材料に堕してしまう恐れはないだろうか。
小出泰士(芝浦工業大学)