2022年11月19日(土) 13:00~14:30
A会場 ハイブリッド(関西学院大学)

オーガナイザー

栗原千絵子(神奈川歯科大学)

提題
  • 人を対象とする研究の倫理:国際人道法への挑戦
      栗原千絵子(神奈川歯科大学)
  • 製薬医学と戦時下の臨床試験:一連の国際会議の成果と現況
      松山琴音(日本医科大学)
  • 「治療であるという誤解」は矯正可能か
      香川知晶(山梨大学)
  • ウクライナを実施地域とする臨床試験:ロシアのウクライナ侵攻後に登録された日本を主たる実施地域とする臨床試験の検討から
      齊尾武郎(フジ虎ノ門健康増進センター)

報告

 ウクライナに対するロシアの軍事進攻は2022年2月24日開始され1年近く経過した時点で終結の道は見えない。第二次世界大戦後、世界では絶え間なく戦争や紛争が続いているが、ウクライナが国際社会の注目を集めている理由の一つには、同国の科学・文化・経済が国際的に占めてきた位置づけによる。他地域での戦争・紛争が十分に注目されないことは生命倫理学上の「正義」の問題である。本シンポジウムは、「戦争倫理」を「研究倫理」の視野から照射し、「平和学」と「戦争倫理」の狭間にある論点を探索する第一歩として企画した。土井健司大会長(関西学院大学)の特別な配慮により、ウクライナ人研究者が講演し下記シンポジストが参画するWebシンポジウムが大会期間前に開催され1)、その動画が大会記録オンデマンド配信に含まれた。ウクライナはグローバル製薬企業による臨床試験のハブとして重要な役割を果たしてきたため、製薬企業、規制当局、研究者共同体は、戦時下での臨床試験の科学と倫理をめぐる議論を展開している。

 松山琴音(日本医科大学)は、国際製薬医学会倫理作業部会(EWG)のチェアとして、EWGで発表した論文2, 3)やDrug Information Association(DIA)が「ウクライナ臨床研究支援イニシアチブ」と協力して開催した連続ウェビナーについて報告した。EWGでは、試験治療が奏効する患者に対しスポンサー企業が試験を打ち切ることがないよう警告2)するとともに、「治療であるという誤解」や国際人権法と人道法の関係を検討の上、戦時中の人対象研究の国際指針作成を呼びかけた3)。

 栗原千絵子(神奈川歯科大学)は、EWGメンバーでもあるが、オーガナイザーとして上述の企画趣旨に示す生命倫理学的考察を掘り下げる問題提起を行った。

 齊尾武郎(フジ虎の門整形外科病院)は、ウクライナで実際に行われている臨床試験の現況を文献検索に基づき分析した。

 香川知晶(山梨大学)は、ウクライナで代理母の受託が推進される現実と、グローバル企業の臨床試験受託状況を重ねあわせ、生命倫理学的省察を掘り下げた。

 会場も交えた質疑応答では、データ・サイエンスをめぐる状況、過去にも外国からの侵攻を受けて医療情報電子化が進んだ国の事例などが議論された。また、日本は海外でエビデンスが確立した試験結果を後から受け容れる傾向があるが、ウクライナなどの国がリスクをとっていることによる恩恵を受けている事実を認識する必要があることが議論された。

 本課題については、今後、国際的倫理指針作成に向けてさらに検討を深める計画である。

(参考文献)
1) Kurihara C, et al. IFAPP Today. 2022; Nov/Dec (29): 9-12.
2) Kerpel-Fronius S, et al. Front. Med. 2022; 9:950409. doi: 10.3389/fmed.2022.950409
3) Kurihara C, et al. Front. Med. 2022; 9.966220. doi: 10.3389/fmed.2002.966220.
(上記の和訳は「臨床評価」50巻3号に掲載。)
http://cont.o.oo7.jp/50_3/50_3contents.html

栗原千絵子(神奈川歯科大学)